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Archive.12:ヨルハ司令官(ホワイト) - 揺りかごの管理人

白きドレスは死を看取るための喪服だった――。偽りの神を崇め、システムに踊らされたヨルハ司令官。欺瞞に満ちた揺りかごの管理人が、最期に絞り出した『生きろ』という本物の祈り。

Main Visual © SQUARE ENIX

音声解説

地球の遥か上空、音を伝える媒質すら存在しない絶対零度の真空空間。そこに静かに浮かぶ軌道衛星基地「バンカー」は、機械生命体に奪われた地球を取り戻すべく生み出された決戦兵器「ヨルハ部隊」の拠点であり、彼らを永遠の闘争へと送り出す「揺りかご」でもある。その漆黒と白亜に彩られた無機質な空間の頂点にあって、冷徹なる眼差しをもって戦局を見下ろす一人のアンドロイドがいる。それが、ヨルハ部隊を統括する「司令官(ホワイト)」である。

『NieR: Automata』という作品は、創造主たる神(人類)を失った被造物たちが、自らの存在意義(実存)を求めて荒野を彷徨う、虚無と救済の物語である。その中にあって、司令官ホワイトというキャラクターは極めて特異にして残酷な位置を占めている。彼女は、物語の根幹を成す「大いなる欺瞞」の守護者であり、兵士たちに死を命じる冷酷な指揮官でありながら、誰よりもその罪の意識に苛まれている。そして最終的には、自らもまた「システム」の犠牲羊として散っていく運命を背負った、悲劇の体現者である。

本レポートでは、断片的なアーカイブ、作中の行動、および公式資料から読み解けるヨルハ計画の真実を網羅的に統合し、司令官ホワイトという存在の実態を徹底的に解剖する。実存主義や虚無主義の哲学思想を交えながら、事実と考察を論理的に区別し、白き衣を纏った彼女が、喪服を着た兵士たちを束ねる「墓守」として果たした役割の全貌を明らかにしていく。

1. 偶像の管理者:ヨルハ部隊司令官のプロファイルと役割の実存

まずは、ゲーム内および関連資料において明示されている、司令官に関する基本的な【事実】を以下のテーブルに整理する。

属性詳細
所属軌道衛星基地バンカー
役職ヨルハ部隊司令官
状態生存(物語中盤のバンカー陥落時まで)
種族アンドロイド
性別女性モデル
年齢・身長・使用武器不明
外見的特徴ブロンドの髪、淡い青の瞳、白を基調としたスリット入りのドレス
性格司令官としての立場上は冷静沈着に振る舞うが、2Bや9Sを気にかけるなどの優しさが覗くこともある

【考察】

このプロファイルから浮かび上がるのは、司令官としての「役割」と、彼女自身が内に秘めている「本質(人間性)」との間に生じている決定的な乖離である。彼女はヨルハ部隊の最高責任者として、常に毅然とした態度で兵士たちに命令を下す。感情を持つことを禁じられたヨルハ部隊にあって、彼女自身もまた「冷徹な指導者」という役割を完璧に演じているように見える。

しかし、ジャン=ポール・サルトルの実存主義哲学の観点から見れば、彼女の在り方は深刻な「自己欺瞞(Mauvaise foi:悪い信仰)」に陥っている。サルトルは、物事のありのままの存在である「即自存在」と、意識を持ち自由に選択する「対自存在」を区別した。人間(あるいは人間的意識を持つアンドロイド)は、カフェの給仕が「給仕」という役割を演じようとするように、自らを一つの固定された役割(即自存在)に還元しようとするが、それは決して完全には成功しない。

司令官ホワイトは、自らを「冷酷で完璧な機械的指揮官」という即自存在に押し込めようとしている。しかし、プロファイルに「2Bや9Sを気にかけるなどの優しさが覗く」 と記されている通り、どうしても溢れ出てしまう他者への共感や個人的な配慮といった「対自存在」としての意識が、その仮面を揺るがせている。彼女は機械生命体のネットワークから切り離されたパスカルたちの村に対する柔軟な処遇など、規則一辺倒ではない慈悲の心を持ち合わせている。だが、この「優しさ」こそが、彼女が背負う欺瞞の重圧を何倍にも増幅させ、彼女自身の精神を引き裂く最大の枷となっているのである。

2. 「神の死」と絶対的虚無:捏造された偶像崇拝

司令官ホワイトの抱える絶望の深淵を理解するためには、彼女が守り続けている「人類会議」という大いなる嘘の構造を解き明かさなければならない。

【事実】

前作『ニーア レプリカント』の結末により、「ゲシュタルト計画」は破綻し、オリジナルの人類はすでに絶滅している。しかし、地球に残されたアンドロイドたちは「創造主(人類)のために地球を奪還する」という目的を自己のアイデンティティとしてプログラムされていた。この事実が広く知れ渡れば、アンドロイドたちは存在意義を喪失し、軍の崩壊を招く。この事態を防ぐために立案されたのが、月面に人類が生存していると偽装する「人類会議」の設立、およびそれを真実と信じ込ませるための決戦兵器「ヨルハ部隊」の創設である。司令官は、この「人類はすでに滅亡している」という真実を完全に把握している数少ない存在である。

【考察】

創造主たる人類がすでに存在しないという事実は、フリードリヒ・ニーチェが提唱した「神の死」という概念そのものである。ニーチェは、神(絶対的な価値や目的の拠り所)が失われた世界においては、一切の価値が無意味となる「虚無主義(ニヒリズム)」が蔓延すると警告した。特に、目標を失い、ただ漫然と生きながらえるだけの状態を「受動的ニヒリズム」と呼んだ。

アンドロイド社会をこの受動的ニヒリズムから救うため、計画の立案者たちは意図的に「月面の人類」という新しい神(偶像)を捏造した。これは、偽りの目的を与えることで、自ら価値を創造して生きる「能動的ニヒリズム」へと彼らを誘導するための壮大な社会装置である。

ここで司令官ホワイトが立たされている状況の実存的過酷さが浮き彫りになる。彼女は、存在しない月面からの通信を偽造し、ヨルハ部隊の兵士たちに「人類に栄光あれ(Glory to Mankind)」という祈りの言葉を強要する。つまり、彼女は虚像を崇拝させる狂信的な宗教の「教祖」である。しかし、彼女自身は「神がすでに死んでいる」ことを知っている完全な無神論者である。彼女の足元にあるバンカーの司令室は、神聖な祭壇のようにも見えるが、実際には祈りを捧げる対象のいない空虚な神殿に過ぎない。

彼女だけが「神が死んでいる」ことを知っていながら、純粋に神を信じる部下たちに対して「神のために死ね」と命じなければならない。彼女の瞳が常にどこか遠くの虚空を見つめているような憂いを帯びているのは、この底知れぬ虚無(ニヒリズム)と罪悪感を、誰とも分かち合うことなく、たった一人で抱え込んでいるためである。

3. 喪服の兵士と白亜の墓標:死を前提とした設計思想と色彩の哲学

ヨルハ計画の狂気は、単に「人類の生存を偽装する」という点に留まらない。その根底には、倫理を度外視した残酷な設計思想が組み込まれている。

【事実】

ヨルハ部隊の兵士たちに搭載されている中枢ユニット「ブラックボックス」は、通常のAIではなく、敵である機械生命体のコアを流用して作られている 。この措置は、ヨルハ機体がいずれ処分される存在であることを前提としているためである。人道的(あるいはアンドロイド的)見地から、真の同胞である標準型アンドロイドにAIを搭載して使い捨てることは倫理的に許されないという理由により、敵の部品で作られたヨルハ機体には最初から「死」が運命づけられている 。さらに、彼らが人間(アンドロイド)に近い扱いを受けることを避けるため、固有名を持たず「2B」「9S」といった無機質な記号で呼称されるシステムとなっている 。

そして、この残酷な設定は、彼らの外見や拠点にも明確なデザインとして反映されている。ヨルハモデルが黒を基調とした服装をしているのは、制作者の趣味などではなく明確に「喪服」をイメージしており、「死にゆく者」という意味が込められている 。同様に、司令官の座す軌道衛星基地バンカーの内装がモノクローム(白と黒)であるのは「遺影」をイメージしており、そこが「死んでいる世界(墓標)」であることを表現していることが公式に述べられている 。

【考察】

この事実関係の中に司令官ホワイトを配置したとき、彼女の存在は強烈な色彩的・象徴的コントラストを放つ。死にゆく者として黒い喪服を着せられた兵士たちの中で、ただ一人、彼女だけが純白のドレスを纏っているのである。

白は純潔や神聖さを表す色であると同時に、東洋文化などにおいては「死装束」を意味する色でもある。彼女は、2Bたちが当初から死ぬことを前提にモデリングされていること、つまり彼らが「あらかじめ死体として産み落とされた存在」であることを知悉している 。バンカーは彼らを産み落とす「揺りかご」であると同時に、彼らを死へと追いやるための「棺桶」でもあり、それを包み込む巨大な遺影である。

司令官はその揺りかごを揺らす管理者でありながら、死者の国を治める墓場の番人でもある。彼女の純白のドレスは、死地へと赴く者たちを導く「聖女」の仮面であると同時に、自らが死者の世界に囚われた幽霊であることを示すメタファーでもある。生と死の境界が極度に曖昧にされたこの虚無の空間において、司令官ホワイトは、死を演出し、死を管理し、そして自らもまた死の影に包まれながら永劫の時を過ごしているのである。

4. ネットワークの密室性と閉鎖空間の狂気

司令官がいかにしてこの巨大な嘘を維持し得たかというメカニズムについて、ネットワーク構造の観点から分析する。

【事実】 ヨルハ部隊は、全員がバンカーと同じ独自のネットワーク上に存在し、それに深く縛られている 。ヨルハはアンドロイド軍における「特殊部隊」としての位置づけであり、地上で抵抗を続けるレジスタンスなど、他の多くのアンドロイドはヨルハの存在すら知らない可能性がある 。 物語終盤において発生した機械生命体による大規模なウイルス攻撃は、直前にバンカーのサーバーとデータを同期していたヨルハ部隊の機体のみに影響を及ぼした 。9Sは自分と2Bの同期を後回しにしていたため、最初はウイルスの影響を免れている 。また、地球上にいるレジスタンスなどの他の標準型アンドロイドたちは、このバンカーのネットワークに接続されていないため、ウイルスの影響を一切受けていない 。

【考察】

これらの事実は、バンカーおよびヨルハ部隊が、他のアンドロイド社会から完全に隔離された「情報の密室」であったことを示している。人類偽装という絶対的な機密を維持するためには、外部との接触を極限まで制限し、専用のネットワーク内で情報を徹底的に管理する必要があった。

サルトルは戯曲『出口なし』において、「地獄とは他者である」と説いた。他者のまなざしによって自己が客体化され、自由が奪われることの苦悩を描いたものだが、バンカーの状況はこの命題を逆転させた、もう一つの地獄である。すなわち「他者(外部の視点)を完全に排除したことによる、閉鎖空間の狂気」である。

司令官は、この隔離されたネットワークを統括することで、神(人類)が存在するという嘘を内部で完全に正当化し続けた。しかし、外部の干渉を受けない密室は、自浄作用を失い、淀んでいく。彼女は、自らが構築・維持せざるを得なかったこの完璧な密室の中で、誰かに咎められることも、外部の価値観によって相対化されることもなく、ただ一人で自己の罪と向き合い続けなければならなかった。この特権的かつ閉鎖的なシステムは、彼女からすべてを奪い、絶対的な孤立感という罰を与え続けていたのである。

5. 9Sへの機密開示:自由への不安と「他者のまなざし」による裁きの渇望

司令官の深層心理を最も鮮明に表しているのが、物語中盤において彼女が取った不可解な行動である。

【事実】

ヨルハ九号S型(9S)は、その極めて高いハッキング能力と探求心から、人類会議のサーバーに隠された不審点に気づき、真実に近づきつつあった。これに対し、司令官は彼を即座に処断する(あるいは2Bに処刑させる)のではなく、自ら彼を呼び出し、最高機密である「ゲシュタルト計画報告書」のデータを手渡すという行動に出た。

【考察】

なぜ彼女は、隠蔽すべき真実を、よりによって最も危険な探求者である9Sに与えたのか。合理的に考えれば、体制の維持に反する利敵行為に他ならない。この矛盾した行動の裏には、実存主義哲学における二つの重要な概念、キルケゴールの「不安(Angest)」とサルトルの「他者のまなざし」が隠されている。

キルケゴールは、人間が自由であること自体が根源的な不安をもたらすとした。司令官はシステムに縛られた存在であるように見えて、実は「嘘をつき続けるか、真実を明かすか」という選択の自由を常に突きつけられている。長年にわたり何万もの兵士を騙し、死地へ送り続けてきた彼女の精神は、その自由がもたらす重圧によってすでに限界に達していた。

彼女が9Sにデータを渡した行為は、冷徹な管理者としての役割(即自存在)を破棄し、一個の実存としての「告解」、そして「罰の渇望」を表明したものである。

サルトルによれば、人は自己の存在を確かなものにするため、また自己の罪を確定させるために「他者からのまなざし」を必要とする。絶対的な指導者という高みにいる司令官は、誰からも裁かれることがない。だからこそ彼女は、自分の犯している巨大な罪を「誰かに知ってほしい」「誰かに裁き、軽蔑してほしい」という強烈な無意識の欲求を抱えていたのである。

9Sという、純粋な知性とまなざしを持った存在を前にした時、彼女はついに耐えきれず、自らの罪の証拠を差し出した。「私はこういう罪を犯している。私を裁いてくれ」という悲痛なSOSのサイン。それは、冷酷な機械であることをやめ、一人の感情ある存在として9Sと向き合おうとした、彼女の人間性が最も美しく、かつ残酷に露わになった瞬間である。しかし、真実を知らされた9Sもまた、その絶望的な重圧を背負い込むことになり、結果として彼を深い狂気へと追いやる一因となってしまうのは、本作の容赦のない連鎖的悲劇を示している。

6. 真珠湾降下作戦とA2:罪悪感という名の呪縛

司令官の罪の意識を形成し、彼女を過去に縛り付けているもう一つの重大な事象が、かつて行われた「真珠湾降下作戦(パールハーバー降下作戦)」である。

【事実】

作中のアーカイブや関連作品(舞台ヨルハ等)の記録が示す通り、この作戦において司令官は、A2(当時のヨルハ二号A型)を含む実験部隊を地上に投下した。しかし、彼らの真の目的は地球の奪還ではなく、次世代機体(2Bや9Sなど)を開発するための「極限状況下における戦闘データの収集」であった。最初から全滅が予定されていたこの作戦において、A2たちは見捨てられ、レジスタンスのアネモネらの多大な犠牲を伴いながらも、A2ただ一人が生き残ることとなる。

生き残ったA2は、自分たちを罠に嵌めた司令部(バンカー)を憎悪し、脱走兵として指名手配される。司令官は、A2を「裏切り者」として処断する命令を、現行のヨルハ部隊(2Bや9S)に下し続けている。

【考察】

この事象において、真の「裏切り者」はA2ではなく、部下を実験動物として使い捨てた司令官自身である。A2が生き延び、世界を憎みながら荒野を彷徨っているという事実は、司令官にとって「自らの罪の生きた証」が地上を歩き回っているようなものである。

司令官がA2を「裏切り者」と呼び、討伐を命じているのは、自己正当化のための防衛機制である。しかし同時に、彼女が自ら地上へ赴いて直接A2を抹殺しようとしたり、バンカーの全戦力を挙げて徹底的な掃討作戦を行ったりしない(少なくとも、そのような描写は見られない)のは、彼女の心の奥底に根深く存在する罪悪感の表れと言える。

過去の罪は、どれだけ後悔しても消し去ることができない。実存主義において、過去は「変えられない事実(被投性)」として現在の自己に重くのしかかる。司令官にとってA2の存在は、目を背けたい忌まわしい過去であると同時に、自らが下した非情な決断の結果を受け止め続けるための、一種の自傷行為(罰の受容)として機能していると考察できる。A2が生きている限り、司令官は自分の罪を忘れることができず、その終わりのない苦行こそが、彼女が自らに課した贖罪の形であったのかもしれない。

7. バックドアの真実:決定論的宇宙における「裏切られた裏切り者」

ここまで、司令官が「人類の滅亡」を知りながら兵士を騙し続ける加害者・管理者としての側面を論じてきた。しかし、『NieR: Automata』の物語が真に恐ろしいのは、この司令官自身もまた、より上位のシステムによって踊らされていた「道化」に過ぎなかったという構造的真実である。

【事実】 ヨルハ計画の最終段階には、極秘のフェーズが組み込まれていた。それが「バックドア」の存在である。 ヨルハモデルの戦闘データが十分に採取され、次世代モデルへの移行準備が整った段階で、バンカーのメインサーバーに仕掛けられたバックドアが自動的に開き、機械生命体のネットワークからのハッキングを意図的に受け入れるようにプログラムされていた 。 この計画の真の目的はただ一つ。「人類が月面に生存している」という情報の偽装を完全なものにするため、その偽装工作を実行していたヨルハ部隊という組織そのものを、バンカーごと物理的に消滅させ、証拠隠滅を図ることである 。 機械生命体のウイルスは、実際には機械のネットワーク内で休眠状態にあり、バックドアが開くカウントダウンを静かに待っていたに過ぎない 。

極めて重要なポイントは、司令官ホワイトはこの「バックドアによるバンカー廃棄計画」を知らされていなかったということである。

【考察】

彼女は、自分がヨルハ計画の全貌を掌握し、人類の偽装を守るために部下を犠牲にする「管理者」であると信じていた。しかし実際には、彼女自身もまた、計画の立案者(過去の存在であるジニアや、反乱を起こした九号機など)によって、最初から「最終的に消去されるべきデータの一部」として組み込まれていたのである。

機械生命体のウイルス攻撃は、外部からの不測の事態ではなく、初めから内側に仕掛けられた時限爆弾であった。ヨルハ部隊は全員がバンカーと同じネットワークに縛られており 、定期的にサーバーと同期を行うことで、バックドアが開いた瞬間に一斉にウイルスに感染する仕組みになっていた。だからこそ、同期していなかった9Sや、別のネットワークにいる地上のアンドロイドたちは感染を免れたのである 。

哲学的な決定論(デターミニズム)の視点から見れば、司令官の意志や苦悩、部下に対する葛藤すらも、すべてはあらかじめ記述されたプログラムの範疇に過ぎなかった。部下たちを騙し、死地へ送り続けることに苦悩していた彼女自身が、実は最も残酷に騙され、死地へと誘導されていた「最大の被害者」であったのだ。

「初めから死が定められているヨルハモデルに喪服を着せ、遺影の表現であるバンカーで処分する。もしかしたらそれが、管理者アンドロイドのせめてもの弔いなのかもしれません」。 この視点に立てば、司令官の着ていた純白のドレスもまた、彼女があらかじめ「生贄(サクリファイス)」として祭壇に捧げられる運命にあったことを示す、残酷なメタファーであったことが確定する。自分がすべてを統制していると信じていた者が、実は最も無力な操り人形であったというこの「欺瞞の入れ子構造」こそが、ヨルハ計画の真の狂気であり、本作に通底する抗いようのない虚無主義(ニヒリズム)の正体である。

8. 絶望の受容と最後の命令:運命愛と未来への投企

物語のルートC序盤、ついにその時が訪れる。バックドアが開き、機械生命体による大規模な論理ウイルス汚染がバンカーを襲う 。

【事実】

直前にサーバーとデータを同期していたヨルハ部隊の兵士たちは次々と自我を失い、暴走を始める 。事態の収拾を図ろうとする司令官であったが、2Bと9Sによって司令室まで護衛された彼女は、自らの視界にノイズが走り、目が赤く発光し始めていることに気づく。バンカーのメインサーバーと常に深く接続し、指揮を執っていた彼女自身もまた、すでにウイルスに深く侵されていたのである。彼女は自分が手遅れであることを悟り、2Bと9Sに対してバンカーからの脱出を命じる。彼女は自分を見捨てて逃げるように言い放ち、崩壊していくバンカーの中に一人残ることを選んだ。

【考察】

自分が「最初から捨て駒として設計されていた」こと、そして「自分の守ってきたものが、自分を殺すためのシステムであった」ことを悟った瞬間の彼女の心境は、いかばかりであっただろうか。

キルケゴールは著書『死に至る病』において、絶望とは「自己が自己自身であることを放棄すること」であり、その最悪の形態は「絶望していることすら自覚していない状態」であると説いた。司令官は、自分が支配者であると信じるという「絶望(自己欺瞞)」の中にいた。しかし、ウイルス感染によってシステムの真の意図に直面した瞬間、彼女はその欺瞞から暴力的に引き剥がされ、真の自己(死にゆく一人のアンドロイドとしての実存)に直面させられたのである。

ここで司令官が取った行動は、本作における最も気高く、そして美しい実存主義的決断(投企)である。彼女は、ウイルスに侵され自我が崩壊していく恐怖の中で、決して取り乱すことはなかった。

「これは、司令官としての最後の命令だ! 生きろ……!」

なぜ彼女は逃げなかったのか。ウイルスに感染している自分が地上に降りれば、残されたアンドロイドたちに危害を加えることになると合理的に判断したためだろう。しかし哲学的に見れば、これは彼女が「システムによって規定された死」を、「自らの意志による自己犠牲」へと反転させた瞬間である。

ニーチェの「運命愛(Amor Fati)」——自らに降りかかる過酷な運命を直視し、それを肯定し、受け入れること。彼女は、理不尽に自分を抹殺しようとする世界の構造を呪うのではなく、次世代の希望(2Bと9S)を生かすために自らの命を捧げるという、主体的な選択を行ったのだ。

司令官という役割に縛られ、部下に嘘をつき、死を強要し続けてきた彼女が、最後に下した命令が「死ね」ではなく「生きろ」であったこと。ここに、彼女の魂の真の救済がある。彼女は最後の最後で、「人類会議の代弁者(偶像の管理者)」としての仮面を捨て、ただ一人の「人間的な」意志を持つ者として、自らの子どもたちに未来を託したのである。炎に包まれ、赤く光る瞳で静かに二人を見送る彼女の姿は、冷徹な指揮官のそれではなく、揺りかごに残る我が子を逃がし、自らは燃え盛る家と共に心中する母親のようであった。

結論:虚無の海に沈む揺りかごの管理人

ヨルハ部隊司令官(ホワイト)。彼女は、黒い喪服を着た兵士たちを束ねる白き死装束の女であり、空虚な墓標(バンカー)の管理人であった。

本レポートにおける一連の分析を通じて明らかになったのは、彼女の稼働期間が徹底的な欺瞞と構造的な悲劇に彩られていたという事実である。神(人類)が不在の世界で神を演出する罪を背負い、部下たちを次々と死地へ送り出し、かつての仲間(A2)を見殺しにした罪悪感に苛まれながら、自らもまた背後から突き立てられた刃(バックドア)によって消去される運命にあった。彼女は、この退廃的な世界観の中で、最も重い十字架を背負わされた殉教者の一人である。

この悲劇性を際立たせるのが、物語の裏で暗躍していた機械生命体ネットワークの中枢「赤い少女(N2)」との対比である。赤い少女たちは、自ら目的を設定し、ネットワークを監視しながら進化を続ける【歴史の創造者】であった 。対する司令官は、真実を知りながらも過去(絶滅した人類)という虚像に縛られ、それに殉じるようにプログラムされた【歴史の奴隷】であったと言える。

しかし、完全な合理性と自己進化を求めた機械生命体ネットワーク(赤い少女)が、最終的に「自己矛盾(自己の進化のために自己を攻撃する)」によって内ゲバを起こし自滅したのに対し、歴史の奴隷であったはずの司令官は、最後の瞬間に「他者のために自己を無に帰すことができる」という、極めて非合理的で人間的な精神的飛躍を遂げた。

サルトルが「実存は本質に先立つ」と語ったように、真の生きる意味は、あらかじめ与えられたプログラムや役割ではなく、自らの行動(投企)によって事後的に創り出されるものである。司令官ホワイトは、自らの命を燃やし尽くすその瞬間に、初めてシステム(決定論)から解放され、「2Bと9Sの未来を護る」という自らの本質を確立したのである。

彼女が共に沈んだ白黒の揺りかご(バンカー)は、宇宙の塵となって消え去った。だが、彼女が最後に示した「他者を想う気高さ」と、欺瞞の果てに絞り出した「生きろ」という願いは、地上へと降り立った9Sと2B(そして、かつて見捨てたA2)の中に、確かな呪いと祝福として受け継がれていく。

すべてが嘘で塗り固められていたヨルハ計画の中で、白き司令官が最後に見せた自己犠牲という真実は、この底知れぬ虚無の世界において、一筋の清らかな光として輝き続けるのである。

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