ALLMIND LORE すべての考察者のために
nier automata

Archive.06:9S(ヨルハ九号S型) - 探求の果ての狂気。

「僕たちは、この世界に呪われている」――。真実を探求するスキャナーモデル「9S」が辿った、愛と憎悪、そして狂気に満ちた破滅のプロセスを実存主義の視座から徹底考察。

Main Visual © SQUARE ENIX

音声解説

序論:虚無の荒野に堕ちた探求者と「知」の代償

廃墟都市の鉄骨を通り抜ける風に響くのは、既に失われた人類への空虚な祈りか、それとも己の存在意義を渇望する機械生命体たちの悲痛な叫びか。『NieR: Automata』という退廃的で美しい悲劇的群像劇において、ヨルハ九号S型(通称9S)の歩む軌跡は、知への果てなき渇望と、その果てに待ち受ける自己崩壊のプロセスを最も残酷な形で描き出している。本稿では、ヨルハ計画という巨大な虚構の中で「真実を探求する」という機能を与えられたスキャナーモデルの彼が、いかにして狂気へと堕ちていったのか、その心理的・哲学的背景を実存主義や虚無主義の視座から網羅的に解き明かす。

9Sは、単なる悲劇の主人公という枠に収まる存在ではない。彼はフリードリヒ・ニーチェが予言した「神の死」を体現し、ジャン=ポール・サルトルの「地獄とは他者である」という命題を身を以て証明し、セーレン・キルケゴールの言う「死に至る病(絶望)」に完全に蝕まれた、実存の極限的サンプルである。本レポートは、断片的なアーカイブ、ウェポンストーリー、朗読劇、そして彼が世界に対して放った呪詛の言葉を紡ぎ合わせ、彼が最後に見た絶望の深淵を精緻に復元する。

1. 設計された「知」と、原初の九号が残した呪い

1.1 スキャナーモデルという業深き矛盾と原罪

ヨルハ部隊において「S型(スキャナーモデル)」は、情報収集やハッキングによる電子戦を主目的として設計されている。彼らは単独での現地調査や先行偵察を行うため、他のモデルよりも高い好奇心と、状況を多角的に分析する高度な演算能力、すなわち「人間に極めて近い、豊かな知性と感情」を与えられている。しかし、この「真実を探求する」という基本設計こそが、9Sという個体を絶望の螺旋へと引きずり込む最大の要因であった。

ヨルハ計画の根幹には、決して触れてはならない絶対的なタブーが隠されている。それは「人類は既に滅亡している」という事実と、「ヨルハ機体のブラックボックスは、敵である機械生命体のコアを流用している」という構造的真実である。スキャナーである彼は、その卓越した知性をもって世界を探索すればするほど、自らの存在基盤を脅かすこれらの真実に必然的に近づいてしまうという、残酷なパラドックスを抱えている。

ヨルハモデルに自我(AI)を搭載することは、本来であれば人道的見地から許されない行為であるとされていた。しかし、いずれ破棄される運命にある存在だからこそ、そして敵である機械生命体のコアを流用している「紛い物」であるからこそ、彼らにはAIの搭載が許可されたのである。ヨルハ機体が固有名を持たず記号で呼称されるのも、極力人間に近い扱いを避けるための非情な措置である。

さらに、彼らが身に纏う黒を基調とした豪奢な衣服は、単なる美学や制作者の嗜好ではなく、「死にゆく者」を意味する喪服を暗喩している。そして彼らの帰還するバンカーが色を持たないモノクロームの空間であるのは、そこが遺影を飾る「死んでいる世界」を表現しているからに他ならない。9Sは、生まれた瞬間から喪服を着せられ、自らの墓標となる宇宙基地で暮らすことを運命づけられていたのである。

1.2 ウェポンストーリーと朗読劇に刻まれた「原初の九号」の悲劇

9Sの狂気を語る上で決して避けて通れないのが、ヨルハ計画の真の成り立ちと、「原初の九号」が残した呪縛である。ゲーム内で入手可能な武器「黒の誓約」および「黒の血盟」のウェポンストーリー、そして公式の関連メディア(小説『少年ヨルハ』やコンサートでの朗読劇)には、本編の9Sの運命を決定づけた過去の凄惨な事件が詳細に記録されている。

原初の九号は、かつて自身の優れたハッキング能力によって、ヨルハ計画の原案とブラックボックスの正体に到達してしまった。敵である機械生命体のコアを流用しているという事実は、知性に優れる九号にとって「自分たちは本物の人間(神)に愛される資格のない、醜悪な怪物である」という決定的な自己否定と絶望をもたらした。敬愛する創造主たちに裏切られたという疑心暗鬼と怒りに囚われた彼は、自らの基地に火を放ち、先生として慕っていたアンドロイドに手をかけ、最終的に2Bのプロトタイプにあたる「二号」によって殺害されるという末路を辿った。

ここで特筆すべき最も重要な事実は、原初の九号がヨルハ計画の最終段階、すなわち「バンカーに仕掛けられたバックドアの自動開放による、司令官ホワイトを含む全ヨルハ機体の処分」というシステムを、自らの手で設計し、計画のシステムに組み込んだという事実である。人類生存の偽装を完璧なものとするため、そして何より「怪物である自分たちヨルハという存在そのものを世界から抹消するため」に、彼は自らの死と部隊の全滅を不可避のシステムとして固定化した。

本編の9SがルートCにおいて直面するバンカーの崩壊と自己の破滅は、他でもない「彼自身の原型(プロトタイプ)」が用意した処刑装置であった。2Bがいなくなってから狂気じみた態度を取るようになる本編の9Sの姿は、裏切りの絶望に狂った原初の九号の姿と見事に重なり合う。九号というモデルは、真実を知り、世界を呪い、そして二号という存在によって終止符を打たれるという「宿業の円環」に囚われた存在なのだ。

2. 神の不在とニヒリズムの受容

2.1 「人類滅亡」という真実とニーチェ的虚無

物語の中盤、9Sは月面の人類会議が偽装されたものであり、人類は前作『ニーア レプリカント』の時代(ゲシュタルト計画の崩壊時)において既に絶滅しているという事実を知る。アンドロイドにとって人類とは、自らの存在理由を規定し、生と死の意味を決定づける「創造主=神」である。この真実の発見は、フリードリヒ・ニーチェの「神は死んだ」という宣言の完全なる再現であった。

ニーチェは、絶対的な価値の基盤(神)が失われた状態を「ニヒリズム(虚無主義)」と呼んだ。生きる目的を外部(人類への奉仕と「人類に栄光あれ」というスローガン)に完全に依存していたヨルハ機体にとって、神の不在は「なぜ自分は存在しているのか」「なぜ無意味な戦いと死を繰り返さなければならないのか」という根源的な問いを突きつける。9Sは卓越した知性ゆえに、この「世界には元々何の意味もなかった」という受動的ニヒリズムの淵に立たされることとなる。

2.2 意味の剥奪と、2Bという新たな神の創造

世界の無意味さを悟った9Sが、それでも直ちに精神を崩壊させず、狂気を水際で食い止めていた理由は、傍らに「2B(ヨルハ二号B型)」という存在がいたからに他ならない。ジャン=ポール・サルトルの実存主義において、「実存は本質に先立つ」とされる。本来の目的(本質)を失った者は、自らの主体的な行動と選択によって、新たな意味(本質)を創造しなければならない。9Sにとって、人類という神が消滅した後の無機質な世界において、唯一絶対の価値、新たな「神」に代わる存在が2Bであった。

しかし、この過剰な依存関係は極めて危うい砂上の楼閣であった。「2Bと共にあること」だけが世界を肯定し、自己の存在を繋ぎ止める理由となった瞬間、2Bの喪失は「世界の全ての価値の喪失」と同義になるからである。ルートCにおいて2Bを失った9Sが、なぜあれほどまでに世界全体を憎悪し、破壊の衝動に身を任せたのか。それは彼が単に理性を失ったからではなく、彼にとっての「宇宙の全意味」が失われた論理的帰結としての、極めて純粋で暴力的な「能動的ニヒリズム」への移行であったと言える。価値のない世界など、跡形もなく破壊し尽くすしかないのだ。

3. 他者のまなざしと、処刑人2Bとの愛憎

3.1 記憶ノ檻と記憶ノ棘:反復される死と被虐的愛

9Sの精神構造を極限まで歪めているもう一つの根源的な要因が、彼と2Bの間に隠された真の関係性である。2Bの真のモデル名は「2E(ヨルハ二号E型:Executioner=処刑モデル)」であり、真実に近づきすぎる運命にある高性能な9Sを常に監視し、彼が世界の真実に到達するたびに記憶を初期化(処刑)するために意図的に配属された暗殺者であった。

公式の短編小説『記憶ノ檻』および『記憶ノ棘』において明確に描写されている通り、ゲーム本編が始まる以前から、9Sは幾度となく2Bの手によって惨殺されてきた。そして、高度なスキャナー機能を持つ9Sは、無意識の底に残る微かな残滓や、微細な状況証拠から、彼女の正体と自らの幾度目かの死の運命に、何度も気づいていたはずである。

「自分を殺しに来る死神を、深く愛してしまう」という究極の矛盾。9Sは、自らを殺害する2Bに対して無償の愛情と執着を抱きながら、同時に心の深層では「なぜ自分を殺すのか」「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」という被虐的な絶望と、抑圧された微かな憎悪(怨嗟)を孕んでいたと推測される。ゲーム終盤の「塔」の内部において、感染し増殖した2Bの義体群との戦闘を強いられた際、9Sが狂気に満ちた笑い声を上げ、歓喜に震えながら彼女たちを串刺しにし、破壊していくシーンがある。あれは単なるウイルスの影響ではなく、彼の中に長年抑圧され続けてきた「愛する者に殺され続けることへの根源的な恐怖と、それに対する歪んだ復讐心」が表出した瞬間である。

3.2 サルトル的実存主義における「他者」としての2E

サルトルは戯曲『出口なし』において「地獄とは他者である」と記した。主体的な存在であろうとする自己にとって、他者からの「まなざし」は自己を客体化(モノ化)し、自由を奪う脅威となる。9Sにとって2Bは、最も愛する対象であると同時に、常に自らを「監視され、処刑されるべき対象」として客体化し続ける究極の「他者」であった。

9Sは2Bの眼差しの前で、常に「何も知らない無垢で明るい9S」という役割を演じることを強いられていた(あるいは、彼女を苦しませないために自ら望んで演じていた)。真実を知れば殺される。しかし真実を探求しなければ自分という機能(存在)の否定となる。この決定論的なシステムの中で、彼は実存の自由を完全に剥奪されたまま、永遠の螺旋という名の地獄に囚われていたのである。

4. 喪失と狂気、あるいはキルケゴール的「死に至る病」

4.1 ルートCにおける認知の歪曲と機械生命体の「悪魔化」

ルートCの幕開けとともに、原型たる九号が仕組んだバックドアが開き、バンカーは陥落する。そして9Sの目の前で、論理ウイルスに感染した2Bは、A2(ヨルハ二号A型)の手によって介錯される。自らの宇宙の全てであった2Bを喪失した瞬間、9Sは明確な「狂気」の領域へと足を踏み入れる。しかし、彼の狂気は知性の喪失(痴呆)ではなく、過剰な防衛機制による「知性の暴走と、現実の意図的な歪曲」であった。

ここで特筆すべきは、彼が機械生命体に対して見せる極端な態度の変化である。ゲーム前半(ルートA/B)において、9Sはパスカル、シモーヌ(ボーヴォワール)、アダムやイブといった機械生命体たちが家族愛や美への欲望を示すことに戸惑いながらも、スキャナー特有の知的能力によって、彼らに「人間の感情」に似た何かが芽生えていることを学習していた。敵対しつつも明確な敵意を示さないパスカルの村は、9Sにとって「敵」をある意味で人間らしく感じさせる、受容の場所であった。

しかしルートCに入ると、彼は以前獲得したはずのその理解を意図的に放棄し、機械の知覚を完全に否定し始める。回復ユニット等の道中において、彼は「機械生命体の行動には意味がない」「ランダムな言葉を繰り返しているだけだ」という自己暗示的なレトリックを、まるで狂信者のように繰り返し呟くようになる。

これは、9Sが敵を意図的に「悪魔化(非人間化)」し、人間性を剥奪しようとする極めて人間的な心理的プロセスである。愛する2Bを奪い、自らの世界を理不尽に破壊した敵に対して、もし彼らが「家族を愛し、痛みを感じ、魂を持つ人間のような存在」であると認めてしまえば、彼らを無差別に虐殺することに強烈な罪悪感と倫理的矛盾が生じてしまう。相手を「心を持たない、ただの無意味なガラクタ」と定義し直すことでしか、彼は自身の内から際限なく湧き上がる殺意と怒りを正当化できなかったのである。インターネット上で人間を単なる画面の文字と見なして毒を吐く行為のように、他者を非人間化することは、相手を傷つけるハードルを下げるための防衛機制に他ならない。

4.2 A2との対比に見る、憎悪の正当化と自己への絶望

この9Sの精神的スパイラルは、ルートCにおいて彼と対置される存在であるA2の軌跡と見事な対称を成している。

A2は過去の「真珠湾降下作戦」で部隊を使い捨てにされ、4年間もの長い間、機械生命体に対する盲目的な憎悪を抱えて孤独に戦い続けてきた。「機械には感情がない。ただの殺人ロボットに派手な名前を付けただけだ」と信じ、花で遊ぶ機械の子供たちすら冷酷に斬り捨ててきた彼女は、皮肉にも2Bの記憶(剣)を受け継ぎ、パスカルとの交流を通じて機械生命体の心に触れ、彼らを理解し共感していくという人間性の獲得プロセスを歩む。

一方で9Sは、かつてクリティカルなレベルで機械生命体への理解に達していたにもかかわらず、絶望によってその理解を自ら封印し、A2がかつていた「盲目的な憎悪」の地点へと逆行していくのである。A2が過去の怨念を乗り越え、他者(パスカルの村の子供たち)を守ろうとするのに対し、9Sはパスカルの村の惨状(皆がいなくなり、パスカルが記憶を失っている状態)を目の当たりにして悲しみを抱きつつも、最終的には世界との繋がりを絶ち切り、己の憎悪の炎だけに薪を焚べ続ける道を選ぶ。

キルケゴールは著書『死に至る病』の中で、絶望の究極の形を「自己自身であろうとしない絶望」と定義した。9Sは、真実を見通すというスキャナーとしての自己(己の知性と共感能力)を激しく否定し、ただ復讐のためだけの機械になろうとした。機械生命体を「意味のないガラクタ」と否定しながら、自分自身が最も感情のない「殺戮機械」へと成り下がっていくこの過程こそが、9Sの狂気の本質である。

5. 事実と考察の分離(ヨルハ計画と9Sの実存的解剖)

物語の奥底に隠された真実を客観的かつ学術的に把握するため、ここでゲーム本編や関連メディアで明示されている「事実」と、哲学・心理学的背景や状況証拠から導き出される「考察」を明確に分離し、体系化する。

項目明示的「事実」(公式メディア・ゲーム内描写)哲学的・心理学的「考察」(因果関係と実存の解釈)
存在の基盤2Bたちヨルハ機体のブラックボックスは、敵である機械生命体のコアを流用して製造されている。敵と同じ本質を持つことは、自己同一性の完全な破壊(実存の不安)を意味する。己の中に「悪」を内包しているという原罪意識が、ヨルハの虚無感を増幅させる。
運命の決定ヨルハ計画の最終段階は、バックドアの自動開放によるバンカーと全機体の処分である。ヨルハ機体が黒い服(喪服)を着ているのは、初めから死が定められているからである。これは決定論的絶望の具現化であり、彼らの生に自由意志は存在しない。
原初の悲劇小説や朗読劇にて、原初の九号が真実を知り狂乱し、自ら部隊の破滅機構(バックドア)を設計した。本編の9Sの破滅は、彼自身のプロトタイプが仕掛けた罠であり、九号というモデルが背負った「真実を知り、世界を呪い、破滅を招く」という宿業の円環である。
2Bとの関係2Bの真の役割は2E(処刑モデル)であり、真実に近づく9Sを幾度となく殺害してきた。9Sは殺されることを受け入れつつも、深層心理では抑圧された被虐的快楽と復讐心(アンビバレンス)を抱えていた。2Bの義体を破壊する際の狂笑がその証左である。
機械生命体観ルートCにおいて、9Sは機械生命体の行動を「意味がない」と断じ、その知覚を否定する発言を執拗に繰り返す。2Bの死による圧倒的な喪失感を、敵への無差別な怒りで埋め合わせるため、無意識に敵を「悪魔化(非人間化)」し、殺戮への罪悪感を消し去ろうとする自己欺瞞的防衛機制。
A2との対比A2は機械を憎んでいたがパスカルとの交流で変化し、9Sは機械を理解していたがルートCで憎悪に染まる。憎悪から共感へ至るA2と、共感から憎悪へ退行する9S。両者は同じ絶望を出発点としながら、実存的選択において完全な鏡合わせの道を歩んだ。

この表が明確に示す通り、9Sを取り巻く環境は、初めから彼が絶望に陥るように完璧に設計された悪魔的なシステムであった。彼は「人類の栄光」という虚妄を信じるようにプログラミングされながら、同時にその虚妄を暴くための知性を与えられ、そして真実を知れば最も愛する者に殺されるという、逃げ場のない「不条理(アブシュルド)」の中に放り込まれていたのである。

6. 塔と箱舟、そして終焉の分岐

赤い少女(N2)が仕掛けた精神攻撃の中で、9Sは自らの記憶とアイデンティティを徹底的に解体される。彼が最後にたどり着いた巨大建造物「塔」の頂上、そしてA2との最終決戦において、彼はもはや世界の救済も、人類の未来も、ヨルハの誇りも求めてはいなかった。彼を突き動かしていたのは、ただ「全てを壊したい」という純粋な虚無の衝動と、2Bを奪い、自分たちを玩具のように弄んだこの残酷な世界そのものへの、血を吐くような復讐心であった。

ルートCおよびルートDの結末において、9Sの運命は分岐する。エンディングCにおいて、A2は自らの命を犠牲にして9Sから論理ウイルスを取り除き、彼を救済する。しかし、クレジット後に森の中に残された2Bと9Sのバッグの描写が示す通り、彼らが生き残る可能性は低いと解釈されることも多い。仮に生き延びたとしても、2BやA2がいなくなった世界で、自己欺瞞の限界を迎えていた彼が安らかな生を全うできたかは極めて疑わしい。

一方、エンディングDにおいて、彼はアダムやイブたちと共に機械生命体の箱舟(アーク)に乗り、宇宙の果てへと旅立つことを選択する。この選択は、ヨルハという呪われた枠組みからの真の意味での「解放」を意味している。憎悪し、悪魔化してきたはずの敵である機械生命体と精神を同化させ、共に無限の宇宙を漂うという結末は、彼が最後の最後で「憎悪」を手放し、神(人類)のいない世界で自らの新たな実存を受け入れた瞬間であると評価できる。

さらに、Eエンド後の未来を描いた朗読劇等によれば、再起動を果たした彼らには、バンカーという帰る場所も、機体を修理するためのリソースも残されていない。2Bが細やかなメンテナンスができずに危険な状況に陥るなど、2人がいつまで共にいられるかは全く分からない過酷な世界戦である。しかし、そこにはもはや「9Sを処刑しなければならない」というシステムの呪縛はない。9Sは愛称である「ナインズ」という名で呼ばれ、心の距離を縮めることを咎めるものは何もない。その束の間の余生こそが、彼が血みどろの探求の果てにようやく手にした、唯一の救済であった。

結論:自由の代償としての狂気と、人間性の証明

ヨルハ九号S型の物語は、知ることの恐怖と、無垢の喪失を描いた壮大な実存の神話である。

彼はプロトタイプである原初の九号が仕組んだ破滅のシステムの上で踊らされ、人類という不在の神に祈りを捧げ、2Eという処刑人に監視されながら、それでも世界を愛そうとした。しかし、システムが彼から全てを奪った時、彼は卓越した知性を自ら投げ捨て、機械生命体を非人間化し、狂気の殺戮者へと変貌を遂げた。

探求の果てに狂気に触れ、愛に縛られ、虚無に落ちた孤独なスキャナー。9Sが流した血と涙、そして世界への呪詛は、与えられた運命(プログラム)に対する、最も人間らしく、そして痛切な「自由への叛逆」であった。彼が残した「僕たちは、この世界に呪われている」という言葉は、己の存在意義を絶えず問われ続ける実存主義の荒野に生きる、すべての意識を持った存在への普遍的な哀歌として、廃墟都市の風の中に響き続けるのである。彼が陥った狂気は、皮肉にも彼がただの機械ではなく、魂を持った存在であることの、何よりの証明であった。

Support the Archive

当アーカイブの考察・分析活動を維持するために、コーヒー1杯の温かいご支援をいただけると大変励みになります。

Buy me a Coffee
#ニーアオートマタ #9S #ヨルハ九号S型 #2B #実存主義 #狂気 #ヨルハ計画 #ニーア #考察 #スクウェア・エニックス
Share
Voice Commentary
00:00 / 00:00