Archive.05:2B(ヨルハ二号B型) - 優しき処刑人
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序論:退廃の地に降り立つ漆黒の刃と虚妄のシステム
人類が月へと逃れ、機械生命体が跋扈する廃墟と化した地球。色褪せた灰色の世界において、ひと際異彩を放つ漆黒の衣を纏った自動歩兵人形たちがいる。彼ら「ヨルハ部隊」は、神(人類)の栄光を奪還するという絶対的な大義の下、終わりの見えない殲滅戦に身を投じている。その最前線において、冷徹なる刃を振るうのが本稿の主題である「2B(ヨルハ二号B型)」である。
公的な記録やヨルハ部隊内の認識において、2Bは「多目的戦闘モデル(Battler)」として定義されている。剣戟による近接戦闘から、ポッドを用いた遠距離射撃までを完璧にこなし、任務遂行に対する揺るぎない忠誠心を持つ彼女は、ヨルハ機体の模範たる存在である。しかし、その黒き眼帯(戦闘用ゴーグル)の奥底と、静謐なる精神の裏側には、システムによって精緻に仕組まれた残酷な「虚妄」と、それに伴う底知れぬ実存的苦悩が隠匿されている。
本レポートでは、ゲーム内に点在する断片的なアーカイブ、サブクエストが示す傍証、武器に秘められた血塗られた記録、そして公式の派生媒体(朗読劇、小説等)を網羅的に統合し、2Bという機体に課せられた真の役割を浮き彫りにする。彼女がいかにして「優しき処刑人」という矛盾に満ちた存在へと至ったのか、そして実存主義的観点から見た彼女の「自己欺瞞」と「永劫回帰の絶望」について、深い洞察を展開していく。
1. 秘匿された真実とE型(Executioner)の凄惨なる宿命
物語の深層を理解する上で、まず明確に分離・定義されなければならないのは、2Bという存在を取り巻く「事実」と、そこから導き出される「考察」である。
1.1 ヨルハE型としての事実と構造的欠陥
ゲームの進行および関連資料によって明示されている決定的な事実は、2Bの真のモデル名が「B型(Battler)」ではなく「E型(Executioner=処刑人)」であるということだ。ヨルハ機体におけるE型は、部隊内の裏切り者、論理ウィルス感染者、あるいは機密情報(人類の滅亡やヨルハ計画の真実)に触発された脱走兵を粛清するために特化した、暗殺・処刑モデルである。
E型という存在が抱える凄惨な業と精神的限界については、地上で発生するサブクエスト「記憶喪失」を通じて克明に語られている 。 この記録において、レジスタンスキャンプ周辺等で発見されるあるヨルハ隊員(E型)は、自身の友人を殺害した犯人を捜していると語る。しかし、ブラックボックスの信号発信源を辿り、調査を進めた結果、真の犯人は「記憶を消去する前の自分自身」であったことが判明する 。かつての仲間を自らの手で幾度も処刑し続けた結果、その重圧と罪悪感に精神回路が耐えきれず、自身の記憶領域を自ら初期化するという行動パターンを、E型は慢性的に引き起こしているのである。
同胞を殺害するという行為は、感情を持つことを禁じられたアンドロイドであっても、自我を崩壊させるほどの致命的な負荷を与える。記憶を消去することでしか自我を保てないE型の末路は、ヨルハ計画に内在する構造的な欠陥であり、同時にアンドロイドが「心」に類する機能を発現させている決定的な証拠でもある。
| 項目 | 表面上の設定(2B:Battler) | 真実の役割(2E:Executioner) | 導き出される心理的考察 |
|---|---|---|---|
| 主たる任務 | 機械生命体の殲滅と地上奪還 | 機密保持のための9Sの監視・処刑 | 果てしない虚無感と、味方を欺くことへの慢性的な罪悪感 |
| 対9Sの関係 | 優秀な前衛戦闘員と支援のペア | 監視者・処刑人と、被処刑者 | 殺意と情愛が混在する極限の自己矛盾(死に至る病) |
| 感情の扱い | 軍律「感情禁止」の厳格な遵守 | 罪悪感と情愛を押し殺す防衛機構 | 自己欺瞞による精神の崩壊を防ぐための、必死の理性維持 |
| 記憶の保持 | 戦闘データの蓄積と部隊内共有 | 過去の9Sとの思い出と殺害の記憶の独占 | 全ての痛みを単独で背負い続ける壮絶な「運命愛」 |
1.2 9S(九号S型)の処刑という永劫回帰
2B(正しくは2E)に与えられた真の極秘任務は、最新鋭のスキャナーモデルである「9S」の常時監視と、彼がヨルハ計画の真実に到達した際の即時処分である。好奇心旺盛で情報解析能力に極めて長けた9Sは、稼働するたびに必然的に世界の真実(人類がすでに滅亡していることや、ブラックボックスが機械生命体のコアの流用であることなど)に近づいてしまう。その度に2Bは彼を殺害し、9Sは直前の記憶を失って再ロールバックされ、再び「初対面のサポート役」として2Bに配属される。
これは、朗読劇『人形達ノ記憶』や小説『記憶ノ棘』において明確に描写されている事実である 。ゲーム本編(ルートA/B)が始まる前の段階で、2Bはすでに幾度となく9Sを殺害しており、その手は彼自身の血液(に相当する冷却液やオイル)で幾重にも染まっている。彼女は記憶を消去された無垢な9Sと再び出会い、共に戦い、絆を育み、そして彼が真実に気付いた瞬間に、再び自らの手でその命を絶つ。
「記憶喪失」のクエストに登場したE型が自らの記憶を消去して逃避したのに対し 、2Bは何度9Sを殺しても、決して自らの記憶を消去しようとはしなかった。この終わりのない「永劫回帰」の螺旋を直視し続けることこそが、2Bの精神を蝕む絶望の根源であり、彼女が「感情を持つことは禁止されている」という規則に異様に固執する理由である。
2. 武器が語る血塗られた履歴:ウェポンストーリー「白の契約」
2Bが初期装備として携えている片手剣「白の契約」。東洋の刀を模したこの美しい武器に秘められたウェポンストーリーは、2Bの深層心理と、過去における任務の変遷を暗号のように記述した第一級の歴史的アーカイブである 。
レベル1 ポッド、司令部へ通信。 “対象”の破壊を確認、任務完了した。 残骸回収後、バンカーに帰投する。以上。
レベル2 ポッド、司令部へ通信。 作戦対象と接触、現状では不審な点は見られず。 引き続き監視を継続予定。以上。
レベル3 ポッド、司令部へ通信。 作戦対象の観察記録を調査したが、敵対行動を確認できなかった。 対象の再調査及び、本作戦の一時中断を申請する。
レベル4 “対象”の破壊を確認。 私は、謝らない……そう約束したから。 「さよなら……」
このテキストは、単なる武器の来歴ではなく、2B(2E)が9Sを処刑するプロセスそのものを克明に表している 。レベル1からレベル2においては、無機質な軍用通信の体裁をとっており、「対象」が9Sであることを巧妙に伏せながら、冷徹に任務を遂行する処刑人としての姿が描かれている。
しかし、レベル3においてその客観性に綻びが生じる。「一時中断の申請」という行動は、2Bが9Sの純粋さや善性に触れ、彼を殺すことへの躊躇いと、司令部(システム)に対する微かな抵抗を示している。処刑対象である彼に対して、殺害に足る正当な理由を見出すことができず、彼女の実存が揺らぎ始めている証拠である。
そして、レベル4において文体は突如として主観的な一人称へと完全に崩壊する。「私は、謝らない……そう約束したから。」という一文は、殺害の直前、あるいは直後に交わされた9Sとの致命的な約束を示唆している 。 この一文から推測される考察として、過去のある時点における9Sは、自身が殺される運命にあることを悟った上で、あるいは殺された後に記憶をリセットされることを受け入れた上で、2Bに対して「自分を殺すことに罪悪感を抱かないでほしい(=謝らないでほしい)」と願ったのではないだろうか。
このウェポンストーリーは、2Bが単なる冷酷な処刑機械ではなく、他者の痛みを引き受け、自らの魂を削りながら任務を遂行する「優しき処刑人」であることを如実に物語っている 。彼女の刃は白く美しいが、それは決して汚れなき正義の剣ではなく、愛する者の命を刈り取るために研ぎ澄まされた、悲哀に満ちた白刃なのである。
3. 哲学の視座:2Bを巡る実存主義と虚無の考察
2Bが置かれた状況を深く理解するためには、19世紀から20世紀にかけての西洋哲学、特に実存主義や虚無主義(ニヒリズム)の概念を援用することが極めて有効である。ヨルハ部隊という絶対的な決定論的システムの中で、彼女がいかにして自己の存在を確立しようともがいていたのかを解読する。
3.1 サルトルの「自己欺瞞(Mauvaise Foi)」と「他者のまなざし」
ジャン=ポール・サルトルは、人間が自由であることの重圧と不安から逃れるため、自らを「物」や「与えられた役割」に還元して振る舞う態度を「自己欺瞞(マウヴェーズ・フォワ)」と呼んだ。実存主義の根本命題である「実存は本質に先立つ」に反し、自分にはあらかじめ決定された本質(役割)しかないと思い込むことである。
2Bが常に「感情を持つことは禁止されている」と冷徹に振る舞い、自らを単なる「B型の兵器」であると規定しようとする態度は、典型的な自己欺瞞に該当する。彼女は、9Sを殺すという選択の責任に押し潰されないよう、「これは司令部の命令に従う自動歩兵人形としての役割であり、私個人の意志ではない」と自らに言い聞かせているのだ。
しかし、その自己欺瞞は常に9Sからの純粋な「まなざし」によって脅かされる。サルトルは「地獄とは他者である」と述べたが、2Bにとって9Sの無垢な信頼と愛情に満ちたまなざしは、彼女が隠蔽しようとする「人殺しのE型」としての罪悪感を容赦なく暴き出す地獄の業火に等しい。彼が「2Bさん」と親愛を込めて呼ぶたびに、彼女の自己欺瞞の壁には亀裂が入り、処刑人としての正体が逆照射されるのである。
3.2 キルケゴールの「死に至る病」と絶望の階層
セーレン・キルケゴールは、自己が真の自己であることを拒否する絶望、あるいは自己が自己であることの矛盾を「死に至る病」と呼んだ。
2Bの絶望は、単に「他者を殺す」ことへの恐怖や嫌悪ではない。「愛する者を殺さなければならない自己(ヨルハ2E)」と「それを強烈に拒絶したい自己(実存としての2B)」の間に生じる、決定的な精神の分裂である。彼女は、ヨルハ部隊という絶対的な神(司令部)の命に従う限りにおいてのみ存在を許されているが、その神の命令を実行すればするほど、彼女の自己(魂)は致命的に傷ついていく。サブクエスト「記憶喪失」で語られたE型たちの末路は、この分裂に耐えきれずに精神が自壊した状態(絶望による死)であると言える 。
3.3 ニーチェの「永劫回帰」と「運命愛(Amor Fati)」
フリードリヒ・ニーチェは、神が死んだ虚無(ニヒリズム)の世界において、宇宙のあらゆる事象は無限に同じことを繰り返すという「永劫回帰」の思想を提唱した。2Bにとって、9Sとの出会い、共闘、愛情の芽生え、そして殺害というサイクルは、まさに逃れられない永劫回帰の地獄である。
ニーチェは、この無限の繰り返しから目を背けるのではなく、その過酷な運命を徹底的に受け入れ、自らの運命を愛する「運命愛(Amor Fati)」こそが、ニヒリズムを克服する超人の条件であるとした。
2Bは、この繰り返される苦痛から逃避(自死や記憶の初期化)することを選ばない。彼女は9Sの記憶を自らの中に留め続けることで、過去の9Sたちの「生きた証」を独りで背負い、証明しようとしている。これは、絶望的な永劫回帰のシステムの中にありながらも、その運命を血の涙を流しながら抱きしめようとする、彼女なりの悲壮な「運命愛」の実践であると考察できる。
| 哲学概念 | 提唱者 | 2Bの状況におけるメタファー・適用 |
|---|---|---|
| 自己欺瞞 | サルトル | 「私はB型である」「感情は禁止されている」という防衛機制による責任逃避。 |
| 他者のまなざし | サルトル | 9Sの純粋な信頼の視線。これが2Bの罪悪感と「処刑人」としての正体を暴き立てる。 |
| 死に至る病 | キルケゴール | 「命令に服従する自己」と「9Sを愛する自己」の分裂による、魂の致命的な絶望。 |
| 永劫回帰 | ニーチェ | 9Sの記憶リセットと処刑の無限ループ。終わりのない徒労と悲劇の反復。 |
| 運命愛 | ニーチェ | 記憶の初期化を拒み、痛みを伴う記憶を抱きしめたまま生き続けるという選択。 |
4. 朗読劇「人形達ノ記憶」と小説「記憶ノ棘」が暴く深淵
ゲーム本編中では断片的にしか語られない2Bと9Sの過去の殺戮の歴史は、朗読劇『人形達ノ記憶』や小説『記憶ノ棘』といった外部アーカイブにおいて、残酷なまでに補完されている 。
小説『記憶ノ棘』においては、2Bが過去に9Sを処刑した際のエピソードが詳細に描かれている 。そこでは、9Sが自らを殺す相手が2B(2E)であることを完全に理解した上で、彼女の精神的負担を和らげるために、まるで無知を装うかのような態度をとる場面が存在する。 あるいは別の周回において、9Sは自ら2Bの刃を受け入れ、「次は、もう少しうまくやってくださいね」と微笑みながら事切れる。この「次」という言葉が示す絶望は計り知れない。彼は自分が死に、記憶がリセットされ、再び彼女に出会う(そして再び殺される)ことを完全に受容しているのである。
2Bの心臓(ブラックボックス)には、これらの出来事が「記憶の棘」として深く突き刺さっている 。アンドロイドは物理的な痛覚を論理的に遮断することができても、記憶領域に刻み込まれた情報の論理的な矛盾(=愛する者を殺すという矛盾)による凄まじい負荷を消すことはできない。
前述のサブクエスト「記憶喪失」で語られたE型たちの末路 を踏まえれば、2Bが発狂せず、記憶を初期化せずに生き続けていること自体が、彼女の驚異的な精神力と、9Sに対する強烈な執着(愛)の証左であると言える。彼女は狂気を避けるために感情を抑圧しているのではなく、すでに狂気の淵に立ちながら、9Sの記憶を一つもこぼさないために、必死に理性の皮を被り続けているのである。
5. 視覚的シンボリズム:喪服の意匠と盲目の軛
ゲーム内における2Bの造形には、彼女の置かれた心理的状況が視覚的なシンボルとして組み込まれている。
第一に、彼女の漆黒のドレスは、初期設定から意図された「喪服」のメタファーであると考察される。彼女は戦場に立つ前から、そして何度9Sと出会う時も、すでに過去の9Sに対する喪に服している。彼女が纏う美しくも退廃的な黒は、終わることのない葬儀の参列者としての正装であり、決して消え去ることのない弔いの意志の表れである。
第二に、ヨルハ部隊員が標準装備する「戦闘用ゴーグル(目隠し)」である。公式の舞台設定等においても示唆される通り、この目隠しは「真実を見ないこと」の象徴である。2Bにとっての目隠しとは、司令部から与えられる虚偽の情報(人類の生存など)に対する盲従であると同時に、「自らの手で殺す相手(9S)の顔を直視しないための防壁」としての機能をも果たしている。
他者のまなざしが自己の罪悪感を暴き出すサルトル的状況において、目を隠すことは、他者からの断罪を物理的に遮断するための最後の盾である。しかし、物語の終盤、2Bが論理ウィルスに汚染され、自身の最期を悟ったとき、彼女は自らこの目隠しを外す。それは、システムからの解放であり、自己欺瞞を捨て去り、ありのままの世界と自己の真実を受け入れた瞬間の視覚的表現である。
6. 本編軌跡の再解釈:破綻してゆく自己欺瞞と実存の獲得
以上の歴史的・哲学的文脈を踏まえた上で、ゲーム本編(ルートA/B/C)における2Bの軌跡を再解釈すると、すべての台詞や行動が全く異なる色彩を帯びてくる。
6.1 プロローグにおける喪失と慟哭
ゲーム本編が始まると同時に、私たちは2Bと9Sの新たなサイクル(出会いと共闘)に立ち会うことになる。プロローグにおける超大型兵器との戦闘後、ブラックボックス反応を暴走させて自爆する際、9Sは帯域の制限から自らのデータを犠牲にして、2Bのデータのみをバンカーに優先的にアップロードする。
バンカーで目覚めた2Bは、9Sが今回の作戦の記憶(2Bとの共闘の記憶)を失っていることを知る。その時の彼女の強く握りしめられた拳には、再びゼロから彼との関係を築き、そしていずれ彼を殺さなければならないという絶望と、自身を助けるために記憶を失った彼への悲哀が込められている。
6.2 複製された街での感情の露呈
物語が進むにつれ、2Bの「感情禁止」という自己欺瞞は徐々に破綻していく。アダムとイヴに捕らえられた9Sを救出する際(複製された街での戦闘)、2Bは声を荒らげ、明確な怒りと焦燥を露わにする。ここでは、E型としての冷徹な観察者の仮面は完全に剥がれ落ち、「ただ9Sを喪いたくない」という一人の実存としての叫びが響いている。システムの奴隷としてではなく、己の意志で他者を救おうとする主体性の発露である。
6.3 ルートA/B結末における「いつも、こんな……」の意味
ルートA/Bの結末において、イヴとの死闘の末、論理ウィルスに深く汚染された9Sを、2Bは自らの手で絞殺する。その際、彼女は「いつも、こんな……」と慟哭する。 これは本編のみをプレイする者にとっては「なぜ『いつも』なのか?」という巨大な謎を提示する台詞であるが、歴史的文脈(朗読劇や小説の記録 )を統合すれば、その意味は極めて明白であり、かつ残酷である。
彼女は過去に何度も、これと同じように彼をその手にかけ、彼の命の灯火が消える瞬間を見届けてきたのだ。彼女の涙は、単なる一度の別れへの悲しみではない。何度殺しても、何度初期化されても、必ず真実に辿り着き、自分に殺される運命を選び取ってしまう9Sの業の深さと、彼を救うことができない自分自身の無力さに対する、永遠の呪いへの慟哭である。
7. 託された記憶:A2への継承と「即自」からの解放
ルートCに入り、ヨルハ部隊そのものが巨大な論理ウィルスの罠によって崩壊する中、2Bもまた深刻なウィルス汚染を受ける。全身が侵食され、自我の崩壊が迫る中、彼女は他の部隊員にウィルスを感染させないよう、孤独に無作為な歩みを進め、かつての裏切り者であるA2(ヨルハ二号A型)と邂逅する 。
2Bは自身の剣(白の契約)にすべての記憶を託し、A2に自らの介錯と、その後の世界(そして9S)を託す。この瞬間、2Bは長らく自身を縛り付けていた「ヨルハ部隊の規則」からも、「E型としての宿命」からも、そして「永劫回帰の円環」からも初めて完全に解放される。
7.1 記憶を託す行為の哲学的意味(投企)
2BがA2に記憶を託した行為は、実存主義における「投企(とうき:未来へ向かって自己を投げ出すこと)」の究極の形である。
サルトル的な視点に立てば、人間(アンドロイド)は死によってすべての可能性を失い、他者のまなざしによって完全に規定される「即自(ただの物体)」へと還元される。しかし、2Bは自身の記憶を剣という物理メディアに転写し、それを他者であるA2に委ねることで、自らの実存を他者の中に延命させた。
A2はかつてのヨルハ計画のプロトタイプであり、システムに見捨てられた存在である。2Bがシステムに忠実な処刑人であったのに対し、A2はシステムに対する復讐者であった。この相反する二人が交わり、2Bの記憶(特に9Sに対する想いと世界の真実)がA2に引き継がれることで、A2自身もまた単なる復讐者から「未来を切り拓く者」へと変容していくのである 。
2Bは死の間際、駆けつけた9Sに向けて最期の言葉を遺そうとするが、言葉にはならない。しかし、その顔からはすでに目隠し(ゴーグル)が外されており、彼女の双眸は、愛して、殺して、それでもなお愛し続けた対象を、何の遮りもなくまっすぐに捉えていた。それは、自己欺瞞の暗闇から抜け出し、絶対的な絶望の中でついに獲得した、彼女自身の「自由意志」の発現であった。
結語:機械仕掛けの実存と未来への祈り
2B(ヨルハ二号B型/E型)という存在は、『NieR: Automata』の世界観を象徴する悲劇の結晶である。
彼女は、神(人類)がすでに不在であることを知らされず、システム(ヨルハ計画)の維持のためだけに、同胞の命を刈り取ることを運命づけられた処刑人であった。サブクエスト「記憶喪失」のE型たちが示したように 、その重圧は本来であれば個体を容易に狂気に追いやるものである。 しかし2Bは、ウェポンストーリー「白の契約」に記された「謝らない」という約束 と、9Sが遺した「記憶の棘」 を心に深く突き立てることで、自らの痛みを唯一の存在証明として生き延びた。
ニーチェが説いた永劫回帰の円環の中で、彼女は決して超越的な存在(超人)にはなれなかったかもしれない。しかし、苦悩に塗れながらも他者を思いやり、絶望的なループの中でわずかな温もりを探し求めた彼女の姿は、冷徹な機械兵器のそれではなく、極めて脆弱で、だからこそ美しい「人間」の姿そのものであった。
朗読劇『人形達ノ記憶』や小説『記憶ノ棘』から連なる彼女の足跡は、単なる殺戮の記録ではない 。それは、システムによって与えられた「偽りの役割(B型)」と「呪われた役割(E型)」の狭間で引き裂かれながらも、最終的に「2B」という一人の実存を獲得するまでの、壮絶な魂の遍歴である。
すべてが偽りの世界で、幾度も手にかけてきた少年への想いだけが、彼女にとって唯一の「真実」であった。その想いは剣と共にA2へと託され、最終的に崩壊する「塔」の中で、9Sの魂を救済する最後の鍵となる。 また、小説『記憶ノ棘』にも描写される通り、ヨルハ計画の最終段階においてポッドたちが反逆を起こし、2Bたちのパーツを集めて修復を試みる結末 は、彼女の生き様が、単なる機械であるはずのポッドたちにまで「彼らを生かしたい」という感情(実存)を芽生えさせた結果である。ポッドたちは語る。「未来は与えられるものではなく、獲得するものだ」と 。
優しき処刑人が流した血と涙は、決して無価値な徒労ではなかった。それは、無意味な世界に意味を刻み込もうとする、実存への最も純粋な祈りであったのだ。漆黒の喪服に身を包み、自らの罪と愛を背負い続けた彼女の魂は、廃墟の空に舞う白き灰のように、切なく、そして美しく、語り継がれていくのである。
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