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Rune.06:魔女ラニ - 星月の律と運命の解放を希求した反逆の神人

神に与えられた運命を拒絶し、血塗られた叛逆の果てに彼女が選んだのは、孤独な暗黒への永遠の流刑だった。冷徹な仮面の裏に隠された、不器用な愛と生命の真の解放の物語。

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音声解説

序論:狭間の地における魔女ラニの特異性と歴史的意義

『エルデンリング』の舞台である「狭間の地」において、黄金律という絶対的なパラダイムに対し、最も決定的かつ取り返しのつかない反逆を成し遂げた存在が「魔女ラニ」である。彼女は単なる権力闘争の当事者や、信仰の相違を抱えたデミゴッドの一柱にとどまらない。彼女の行動と思想は、世界の在り方そのものを根底から覆し、生命のあり様を決定論的な神の支配から実存主義的な自由へと解放する「星の世紀」を志向したものであった。

本稿では、神人(Empyrean)という特異な出自とそれに伴う呪縛から、自らの肉体を自刃させるという壮絶な決断、そして冷徹な謀略家の仮面の裏に隠された人間的で深い情愛と葛藤に至るまで、魔女ラニの生涯と内面を徹底的に考察する。彼女の歩んだ道は、表面的な歴史の記述においては、義兄を死に追いやり世界を破砕戦争の狂気へと導いた利己的で冷酷な暗殺者のそれとして映る。しかし、アイテムのテキストや断片的な台詞、そして隠された歴史的背景からその深層心理を紐解くとき、そこには「世界から神の過干渉を遠ざけ、生命に真の自立を与える」という、極めてヒューマニスティックな自己犠牲の精神が浮かび上がる。本稿は、事実と推察を厳密に交えながら、魔女ラニというキャラクターの文学的・哲学的意義、および他の神人(ミケラやマリカなど)との対比構造を解き明かすものである。

1. 出自と呪い(祝福):黄金と月の交わり、そして神人の宿命

1.1 カーリア王家と黄金律の血脈の融合

ラニの出自は、狭間の地における二大勢力の政治的・歴史的な融合の象徴である。彼女は、星と月を信仰する魔術学院レアルカリアを戴くカーリアの女王レナラと、後に黄金律の二代目王配となる英雄ラダゴンとの間に生を受けた 。彼女の兄には、後に重力魔術を極め「星砕き」の異名で知られる将軍ラダーンと、ゲルミア火山で異端審問を指揮し、やがて冒涜の君主へと変貌する法務官ライカードがいる 。

この特異な血脈は、ラニのアイデンティティ形成において決定的な意味を持っていた。カーリア王家は本来、星の運命と月の知恵を尊ぶ一族であったが、ラダゴンという黄金樹の英雄を迎え入れたことで、一族の中に「黄金律への服従」という相容れない要素が混入することとなった。そして、父ラダゴンが突如としてレナラを捨て、女王マリカの王配となるために王都ローデイルへと去ったことで、彼女の家庭環境は完全に崩壊する 。母レナラは夫の裏切りによって深く心を病み、ラダゴンが残した大ルーンの琥珀の卵を抱きしめたまま狂気に沈んでいった 。

この原体験が、若き日のラニの心に、黄金律およびそれを背後で操る大いなる意志への深い不信感とルサンチマン(強烈な怨嗟)を植え付けたことは想像に難くない。絶対的な秩序を掲げる黄金律が、結果として母の精神を破壊し、家族を無惨に分断したという事実は、ラニが後に「神殺し」という大逆へと至る強力な感情的動機の源泉となっている。

1.2 「神人」としての祝福と、それがもたらす実存的呪縛

父ラダゴンが女王マリカと同一の存在(あるいはその半身)であったという神話的真実により、ラダゴンの子であるラニ、ラダーン、ライカードはマリカの義理の子として半神(デミゴッド)に格上げされた 。さらにその中で、ラニはマリカ、そして後に生まれる双子のミケラやマレニアと同様に「神人(Empyrean)」としての資質を見出されることとなる 。

神人とは、現在世界を統べる神(マリカ)に代わり、次代の神となって新たな律を掲げる資格を持つ特別な存在である。しかし、ラニにとってこの「大いなる意志からの祝福」は、二本指によって敷かれたレールの上を歩まされるだけの「決定論的な呪い」に他ならなかった。二本指はラニを次代の神の候補として厳重に管理するために、運命の伴侶にして監視役でもある「従属の半狼」ブライヴを与えた 。ブライヴはラニに対して絶対的な忠誠を誓うように創られていたが、もしラニが二本指の意図(黄金律の後継)から外れた行動をとれば、内なるプログラムによって強制的に発狂し、彼女を暗殺するように仕向けられていた 。

自らの生殺与奪の権を握られ、運命のみならず、最も親しい友(ブライヴ)の魂の在り方すらも「神の都合」によってデザインされているという事実は、ラニに「運命からの解放」を極限まで渇望させた。彼女が後に自らの肉体を滅ぼすという極端な手段に打って出た背景には、この「神に愛されたがゆえの絶対的な不自由」からの脱却という切実な願いが存在している。

1.3 雪の老魔女との邂逅とアイデンティティの再構築

黄金律への反発を深めるラニに決定的な影響を与え、新たなアイデンティティの基盤を提供したのが、森の奥深くで出会った「雪の老魔女(Snowy Crone)」である 。彼女は異端の魔女であり、狭間の地では禁忌とされる冷たい魔術に長けていた。老魔女はラニの秘密の師となり、彼女に冷たい魔術の真髄を伝授するとともに、「暗い月への恐れ」を教え込んだ 。

黄金樹の暖かく盲目的な光とは対極にある、冷たく、暗く、しかし何者にも依存しない自立した月の知恵は、ラニの精神的支柱となった。ゲーム本編において、プレイヤー(褪せ人)と初めて対面した際、ラニは自らを「レナ(Renna)」という偽名で名乗るが、これは彼女の師であった雪の老魔女の名を借りたものであると強く推察されている 。

後にラニは自らの魂を定着させるための等身大の人形を用意するが、その姿は彼女が敬愛した雪の老魔女を模したものである 。本来のラニの肉体は、父ラダゴンや兄たちと同様に黄金律の血脈を示す「赤い髪」を持っていたことが、リエーニエの神授塔に残された遺体の痕跡から明らかになっている 。しかし、彼女が自らの魂の器として選んだ仮の姿は、青白い肌と四本の腕を持つ異形の魔女であった。これらの事実からは、彼女が神としての血脈(赤髪)を激しく嫌悪してこれを捨て去り、自らを見出してくれた「異端の師」の姿と名前を受け継ぐことで、精神的な再誕を遂げたことが読み取れる。

1.4 二つの顔と「神人」の多面性

ラニの人形の右目周辺には、重なり合うように青白い霊体の顔(ラニの本来の魂の顔)が浮かび上がっている 。この霊体の顔の左目は閉じられており、これは肉体を失い霊体のみとなったメリナとの共通点(メリナは右目を閉じている)としてしばしば指摘され、両者が対の存在である、あるいは何らかの深い霊的繋がりを持つことを示唆している 。

特筆すべきは、この「二つの顔」というビジュアルが、単なる霊体の憑依表現にとどまらず、神人(Empyrean)という存在が本質的に持つ「多面性」を暗喩しているという点である 。マリカとラダゴンが同一の存在でありながら異なる二つの側面を持っていたように、神人は複数の側面や魂の在り方を内包し得る複雑な存在であるという見解が示されている 。ラニが自らの肉体を殺し、魂だけを切り離して異形の器に宿ったことは、神人の持つ本質的な多面性を物理的・霊的に体現した姿であり、与えられた一つの絶対的な運命を拒絶し、もう一つの可能性(魔女としての生)を選択した結果の顕現であると言える。

2. 歴史的役割と主要な行動:神殺しの陰謀と運命の停滞

2.1 「陰謀の夜」の主犯としての行動と等価交換の犠牲

ラニの歴史的役割において最も決定的な出来事は、狭間の地の歴史を永遠に変えた「陰謀の夜」の首謀者として暗躍したことである 。彼女は黒き刃の刺客たちを動かし、黒き剣のマリケスから「死のルーン」の欠片を盗み出した。この計画の最大の目的は、他者の暗殺ではなく、「自らの神人としての肉体を殺害し、大いなる意志と二本指の呪縛から己の魂を完全に解放すること」にあった 。

しかし、エルデンリングの物理的・形而上学的な法則において、デミゴッドを完全に殺害するためには肉体と魂の両方が死のルーンによって滅ぼされなければならない。自らの魂を存続させつつ肉体のみを殺すという規格外の目的を達成するため、ラニは「同時に別のデミゴッドの魂を殺す」という残酷な等価交換の儀式を用いた。その犠牲として選ばれたのが、マリカの最初の子供であり、黄金律の最も輝かしい象徴であった「黄金のゴッドウィン」である 。

ラニの肉体が神授塔の頂で死を迎えたまさにその瞬間、王都においてゴッドウィンの魂が黒き刃によって殺害された 。結果としてラニの肉体とゴッドウィンの魂はそれぞれ半端な死を迎え、死の呪痕(百足の傷)は二つの欠片に引き裂かれた。この事象が、狭間の地に「死に生きる者」という黄金律の根本的なバグを生み出す元凶となった。

この冷酷極まりない決断からは、ラニが自らの目的(運命の自由の獲得と黄金律の打倒)のためならば、義理の兄弟であるゴッドウィンを無慈悲に犠牲にし、世界全体の理が崩壊することすら厭わないという、凄まじい意志の強さと冷徹さが窺える。

2.2 冒涜の君主ライカードとの共謀と用意周到な「切り札」

陰謀の夜において、ラニが完全に単独で動いていたわけではないことは、アイテム「冒涜の爪」のテキストおよび歴史的背景から明らかである 。ラニは陰謀の夜に際し、実の兄である法務官ライカードに対し、死のルーンの痕跡を刻んだ岩盤(冒涜の爪)を謝礼として渡していた 。

「冒涜の爪」のテキストには次のように記されている。「陰謀の夜、法務官ライカードはラニから謝礼として片鱗を貰い受けた。いつか来る冒涜の時、黒き剣のマリケスに、運命の死たる黒獣に挑む切り札として」。

この事実から、以下の重要な洞察が導き出される。第一に、ラニとライカードは「黄金樹(黄金律)を終わらせる」という共通の目的のもと、兄妹として極めて深い政治的・思想的結束を持っていたことである 。ライカードが後に巨大な蛇に喰われ、おぞましい冒涜の君主へと堕落していく背景にも、妹の過酷な運命への共感や、狂った世界への反逆心が初期の段階では存在していた可能性が高い。

第二に、ラニは陰謀の実行によってマリカや二本指が激怒し、黄金律の番犬にして最強の死の獣であるマリケスを報復のために差し向けてくる事態を完全に予期していたことである 。彼女は自らが肉体を捨てて潜伏する間の防波堤として、あるいは共に神に抗う戦友としての役割をライカードに期待し、彼がマリケスに対抗するための絶対的な防御手段(パリィ効果を持つ冒涜の爪)を授けていた 。この用意周到さは、彼女の知略が単なる狂信的テロリズムではなく、高度な軍事的・政治的計算に基づいていたことを証明している。

2.3 神人ミケラとの関係性:対極の道を行く者たち

ラニの行動を理解する上で、同じく神人として見出された「ミケラ」との比較と関係性の分析は不可欠である。ミケラもまた、黄金律に見切りをつけ、新たな律(無垢なる黄金、あるいは優しさの律)を打ち立てようとした神人であった。

ミケラとラニの間には、ある種の協力関係、あるいは利用関係があったことが示唆されている。ゲーム序盤において、ラニ(レナと名乗る)はプレイヤーに対し、「霊喚びの鈴」と「はぐれ狼の遺灰」を授けるが、彼女はこれが「かつてトレントの主であった者からの預かり物」であると明言する 。この「かつての主」とは、他ならぬミケラである可能性が極めて高い 。なぜミケラがラニを介して褪せ人を支援しようとしたのか、その全容は謎に包まれているが、両者が「大いなる意志からの離脱」という点において、水面下で情報を共有していた可能性を否定できない。

さらに重要なのは、両者の手段と目的の哲学的な対比である。以下の表は、ラニとミケラという二人の神人の軌跡を比較したものである。

比較要素魔女ラニ(月の律)神人ミケラ(優しさの律)
肉体の放棄陰謀の夜に死のルーンを用いて肉体を殺害影の地へ赴き、自らの意思で肉体と大ルーンを棄却
運命へのアプローチ運命の星を流転させ、神の干渉を排除する魅了の力を用い、すべての魂を強制的に融和・支配する
他者への干渉徹底した不干渉。律を世界から遠ざける徹底した介入。すべての悲劇を自らの神性で包み込む
結末の方向性孤独と暗闇を伴う、実存的な自由の獲得争いはないが自由意思も存在しない、絶対的な精神的檻

両者は共に「与えられた神人としての肉体と特権(大ルーン)を捨てる」という全く同じプロセスを辿っている 。しかし、ミケラが「自分が完全なる神となってすべての人を強制的に愛し、管理する」という究極のパターナリズム(温情主義的支配)へと向かったのに対し、ラニは「神を世界から遠ざけ、人間に孤独と自由を与える」という道を歩んだ 。この対比により、ラニの行動が孕む「冷たいがゆえの人間への信頼」がより一層際立つ構造となっている。

2.4 星の停滞と星砕きラダーンとの因縁

ラニの壮大な計画は、ある時期を境に完全に停滞を余儀なくされる。それは、もう一人の兄である星砕きの将軍ラダーンが、重力魔術を用いて星々の動きを物理的に宇宙空間で封じ込めたためである 。

カーリア王家の血を引く者の運命は、星の動きと完全に連動している。星が止まるということは、ラニの運命の時間が停止することを意味した 。ラダーンがなぜ星を止めたのかについては、サリアの街を降る星(アステールなど)の災厄から守るためという説が有力であるが、同時に「危険な妹の運命(神殺しの計画)を阻止するため」であったという見方も存在する 。ラダーンは黄金律と父ラダゴンを深く敬愛していたため、黄金律を破壊しようとする妹の計画とは明確に対立する立場にあった 。

軍師イジーの言によれば、彼ら兄妹は幼い頃からそれほど深い交流を持っていなかったとされるが 、運命の皮肉により、兄の誇り高い生が妹の首を絞める結果となっていた。ゲーム本編において、プレイヤー(褪せ人)がラダーンを打ち倒し、星を再び流転させることが、ラニの物語を決定的に前進させる契機となる 。兄の壮絶な戦死と引き換えに妹の運命が再び動き出すという構図は、カーリア王家の血に流れる避けがたい愛憎と宿命の複雑さを物語っている。

3. 内面と葛藤(愛憎と信念):冷徹なる魔女の隠された情愛

本レポートにおいて最も重要視すべきは、ラニという人物の内面的葛藤と、アイテムテキストや台詞の行間から読み取れる彼女の深い情愛である。彼女は自らの目的のために肉体を捨て、他者を犠牲にする冷徹な謀略家として振る舞い続けるが、その実、配下に対する深い愛情と、世界に対する独自の過酷な責任感を一人で抱え込んでいた。

3.1 配下への不器用な愛と、避けられない別離への覚悟

ラニの陣営(スリーシスターズ)には、巨人の軍師イジー、影従のブライヴ、そして利己的な魔術教授セルブスといった、狭間の地から外れた者たちが集っている 。彼女はプレイヤーに対し「私は暗い道を往く。お前たちを引き入れるわけにはいかない」と突き放すような態度をとり続けるが、これは彼らを破滅の運命から遠ざけようとする、彼女なりの不器用な優しさの裏返しである。

特にブライヴとの関係性は極めて悲劇的である。ブライヴは二本指が与えた監視役であったが、彼は自らの本能(神への服従)よりもラニへの友愛を選び、「彼女の刃となる」ことを誓っていた 。彼の愛剣である「王家のグレートソード」のテキストには、「己の定められた運命に逆らい、ラニ以外の主には仕えないと誓った。その誓いの瞬間に、剣に冷たい魔力が宿った」と記されている 。

ラニもまた、ブライヴとイジーを心から深く愛していた。ノクローンの秘宝(指殺しの刃)を手に入れ、自らを縛り付けていた二本指をついに殺害した直後、彼女は目的を果たして旅立つ前、プレイヤーに向けて静かにこう遺す。

「イジーとブライヴに、愛していると伝えてくれ」

この短い台詞は、彼女がこれまで背負ってきた絶対的な孤独と、冷徹な仮面の下に隠しきれなかった情愛を爆発させる、作中屈指の心理的吐露である。ラニは、自分の道を進み二本指を殺害すれば、大いなる意志の呪いにより必然的にブライヴが発狂し、討伐されねばならない運命にあることを当初から知っていた 。彼女が常に冷たい態度を崩さなかったのは、大切な者たちを自らの手で破滅させる苦痛に耐え、自らの決断を鈍らせないための防具(氷の鎧)だったのである。

3.2 「星の世紀」に込められた真のヒューマニズム(翻訳問題に基づく再考)

ラニの内面と、彼女が世界に何を望んでいたかを正確に把握するためには、彼女の最終目的である「星と月の世紀(Age of Stars)」の真意を理解しなければならない。ここで特筆すべきは、英語版における台詞の重大な誤訳が引き起こした、キャラクター像の国際的な乖離である 。

英語版のエンディングにおいて、ラニの台詞は「Here beginneth the chill night that encompasses all… Into fear, doubt, and loneliness…(ここにあまねく冷たい夜が始まる。恐怖と、迷いと、孤独の中へ)」と訳された。これにより、英語圏のプレイヤーの間では、ラニが世界から光を奪い、人々を恐怖と孤独の冷たい夜に突き落とす「自己中心的な邪悪な魔女」であるという誤った解釈が広まることとなった 。

しかし、日本語の原文から読み取れる彼女の真意は、まったく逆の極めてヒューマニスティックなものである。彼女の自室での台詞において、ラニは次のように語っている。 「私の律は、黄金ではない。冷たい夜の星と月の律だ。私はそれを、この足元の地から遠くへやりたいのだ。今では、生命と魂と律はひとつだが、私はそれらを(遠ざけたい)。確かなる視覚、感情、信仰、触覚。それらすべてを、不可能にしたいのだ」。

ここでラニが「不可能にしたい」と言っているのは、人々の感情そのものではない。「確かなる律(神)を、見たり、感じたり、信じたり、触れたりすること」を不可能にしたい、つまり「神という概念を物理的・精神的に手の届かない場所へ完全に隔離したい」という意味である 。

マリカの黄金律の時代において、神の力はあまりに身近にありすぎた。祝福として人々の生を直接管理し、異端を激しく排除し、死すらもコントロールした。その結果が、母レナラの狂気であり、排斥された忌み鬼たちの苦しみであり、永遠に続く破砕戦争という地獄であった。

ラニが目指していたのは、この「律(神々の秩序)」を生命や魂から遠く引き離すことである 。彼女の言う「冷たい夜」や「恐怖、迷い、孤独」とは、世界への呪いではなく、神が直接介入してこない自由な世界で生きる人間たちが、自分の足で歩む上で当然抱くべき「自己責任と実存的恐怖」のことである。

そして、エンディングにおける「恐れを、迷いを、孤独を。そして暗きに行く路を。さあ、行こうか」という台詞は、世界の人々にその苦難を押し付ける言葉ではない。「自分と伴侶(褪せ人)が新しい律を抱えて、世界の人々の身代わりに、孤独で暗い宇宙の果てへ永遠の旅に出る」という自己犠牲の宣言である 。

彼女は何を守りたかったのか。それは「生命の真の自由と自立」である。彼女は何を壊したかったのか。それは「神や大いなる意志による、生命への過干渉と運命の強制」である。ラニは、世界から神を奪う代わりに、自らが神となって永遠の孤独と暗闇をたった二人で引き受けるという、途方もない人間愛と使命感を胸に秘めていたのだ 。

4. 哲学的・テーマ的意義:永遠と変化、運命からの解放のメタファー

『エルデンリング』の全体テーマにおいて、魔女ラニの生き様と「星の世紀」は、マリカが築いた黄金律に対する最も完璧で哲学的なアンチテーゼとして機能している。

4.1 黄金の停滞と、星月の流転:秩序のパラダイムシフト

以下の表は、作中における「黄金律(マリカ)」と「星の世紀(ラニ)」の哲学的・象徴的対比を整理したものである。

比較の軸黄金律(マリカの秩序)星の世紀(ラニの秩序)
神との距離感極めて近接。物理的な黄金樹の威容として世界に君臨極めて遠方。不可知の宇宙、触れられぬ月と星
運命の性質決定論的。二本指の干渉による固定化された宿命自由意志と不確実性。自ら選び取る運命の流転
民衆にもたらすもの狂信的な安心感と、祝福なき者への差別・排斥恐れ、迷い、孤独。しかしそれに伴う精神的自立
時間の概念永遠と停滞。死のルーンの排除による不朽の追求変化と進行。暗黒への終わりなき旅路による時間の動的化
哲学的メタファー父権的・絶対主義的な神権支配体制実存主義的・世俗化されたヒューマニズムの夜明け

マリカの黄金律が「死」を排除し、永遠の不変(停滞)を求めたのに対し、ラニは流転する星々のように「変化と死」を受け入れた。黄金律の世界では、人々は黄金樹の恩恵のもとに見せかけの安心を得ていたが、それは同時に「祝福されない者(忌み子、混種、褪せ人など)」への残酷な排斥を正当化する差別的なシステムでもあった。ラニの新しい律は、恩恵も与えない代わりに、排斥も行わない。なぜなら、善悪をジャッジする律そのものが、手の届かない遥か彼方へと去るからである 。

これは、現実世界の歴史における「神の死(ニーチェ)」や、啓蒙主義による世俗化のプロセスと完全に重なる構造である。ラニは狭間の地に、神話時代の終焉と、人間の時代の幕開けをもたらしたのである。

4.2 「運命からの解放」と実存主義的アンチテーゼ

哲学的な観点から見れば、ラニの物語はジャン=ポール・サルトルなどの実存主義哲学に通底する重厚なテーマを持っている。「人間は自由の刑に処せられている」という実存主義の有名な命題が示す通り、神という絶対的な拠り所に寄りかからない世界は寒々しく、孤独で、迷いに満ちている(chill night)。しかし、それこそが偽りのない本来の生命の姿である。

ラニが己の肉体(与えられた運命の器)を陰謀の夜に燃やし、冷たい人形の器に移し替えた行為そのものが、「本質(あらかじめ決められた神人としての運命)に先立って、実存(自らの意思で選んだ魔女としての生)を獲得する」という強烈な実存的解放のメタファーとなっている。彼女は自らの生き様をもって、「神に作られた意味」を全否定し、「自らの意思で意味を創造する」ことの尊さと恐ろしさを体現したのである 。この自己決定の精神こそが、彼女がブライヴの発狂という悲劇を乗り越えてでも貫き通した最大の信念であった。

結論:暗黒を往く、最も人間らしい神の肖像

魔女ラニは、エルデンリングの歴史において最も過激な破壊者であると同時に、最も深い自己犠牲を払った真の解放者である。彼女は母の心を壊した黄金律を憎み、己の意思を奪おうとする大いなる意志の支配を拒絶した。その過程で肉体を捨て、異母兄の魂を殺し、配下を狂気に追いやり、世界を律の崩壊という未曾有の混乱に陥れた。その罪の重さは計り知れない。

しかし、その氷のように冷酷な仮面の裏には、ブライヴやイジーといった配下への痛切な愛と、「もう誰にも、神の都合で運命を狂わされてほしくない」という不屈の信念が存在していた。ミケラが他者を魅了して自らの檻に閉じ込めようとしたのに対し、ラニが最終的にたどり着いたのは、自らが新世界の絶対的な支配者として君臨することではなく、伴侶と共に「律」そのものを抱えて宇宙の深淵へと消え去ることであった。それは、狭間の地を「神のいない、ただの土と命の世界」に還すための、永遠の流刑の受け入れに他ならない。

「恐れを、迷いを、孤独を。そして暗きに行く路を。さあ、行こうか」

彼女が伴侶たる褪せ人に向けたこの言葉は、権力者の号令ではなく、重い十字架を共に背負う巡礼者の静かな決意である。運命に縛られた「神人」としての祝福を呪いとして拒絶し、冷たい「魔女」としての生を自ら選び取ったラニ。彼女の軌跡は、『エルデンリング』という壮大な神話の中で、神々の論理に対する最も美しく、最も凄惨で、最も人間的な反逆の歴史として永遠に語り継がれるべきものである。

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