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cyberpunk 2077

Shard.13:ロザリンド・マイヤーズ - NUSA大統領。冷徹なるマキャベリズムと、「企業戦争」の体現者

星条旗を纏った冷血なる怪物――。忠誠という呪いに縛られた騎士と、深淵に自我を喰い破られる少女の絶望。国家という名の巨大資本がもたらす血塗られた悲劇と、実存主義の敗北を紐解く。

音声解説

酸性雨がネオンの極彩色をアスファルトに滲ませるナイトシティにおいて、権力とは常に物理的な暴力と資本の暴力の交差点に座している。ストリートの最下層から見上げれば、メガコーポレーションの摩天楼も、国家を名乗る政府の威信も、等しく無慈悲なシステムの一部でしかない。しかし、そのシステムを頂点において完璧に操作し、人間の生命から魂の尊厳に至るまでを「損益計算書(PL)」の数字として処理する怪物が存在する。それこそが、新合衆国(NUSA)第3代大統領、ロザリンド・マイヤーズである。

空から墜落した「スペースフォース・ワン」の残骸のなかから這い出たこの女は、一見すると国家の威信を背負い、テロリズムに立ち向かう民主主義の守護者のように振る舞う。しかし、彼女の経歴、発言、そして隠されたデータシャードが示す歴史の断片を繋ぎ合わせれば、その本質が「国家という名の巨大なメガコーポレーションを冷徹に運営する最高経営責任者(CEO)」であることが明白となる。

本レポートでは、CD Projekt REDのゲーム『サイバーパンク2077』および拡張DLC『仮初めの自由(Phantom Liberty)』における最大の黒幕であるロザリンド・マイヤーズの背景と内面、そして彼女が体現する哲学を網羅的に解き明かす。彼女の経歴、統一戦争の裏側、他者(ソングバード、リード、ハンセン、そしてV)の搾取構造を分析することで、本作に通底する「巨大資本主義による搾取」「トランスヒューマニズムの悲劇」、そして「実存主義の敗北」というサイバーパンク文学特有の深淵を明らかにしていく。

1. 企業帝国から国家元首へ──ミリテクとNUSAの癒着構造

ロザリンド・マイヤーズという人物の行動原理を理解するための絶対的な前提は、彼女が「政治家」になる以前に、冷酷な「企業人(コーポレート)」であったという歴史的事実である。彼女の統治哲学は、合衆国憲法に基づく人権意識や民主主義の理念ではなく、ミリテク(Militech)社の四半期決算と利益最大化の論理に深く根ざしている。

1.1 【事実】CEOから大統領への「横滑り」という歴史

歴史的記録とデータシャードの断片によれば、ロザリンド・マイヤーズはNUSAの大統領に就任する以前、世界有数の軍産複合体であるミリテク社の最高経営責任者(CEO)であった。前CEOであったドナルド・ランディの死後、ミリテクのトップに就任した彼女は、約10年にわたって同社を率いた。この時期、彼女はNUSAの急速な経済回復を主導した平和の推進者として描かれる一方で、極めて保護主義的かつ介入主義的な政策を推し進めた政治家としての顔も持ち合わせていた。

2060年代後半、彼女はエリザベス・クレスの後を継いでNUSA大統領に就任し、ミリテクのCEOの座をルーカス・ハーフォードへと譲り渡した。表向きには民主的な選挙プロセスを経た「三期目を迎える大統領」であるが、彼女の軍事的な背景とミリテクでの経歴は、大統領執務室(オーバル・オフィス)における彼女の意思決定に決定的な影響を与え続けている。

1.2 【考察】国家機能の「敵対的買収」と資本主義の極致

この一連の経歴から推測される真実は、NUSAという国家が実質的にミリテクの完全子会社、あるいは傀儡政権に成り果てているという事実である。マイヤーズの政治的キャリアは、民主的な手続きを経たように巧妙に偽装されているが、その実態は巨大資本による「国家機能の敵対的買収(Hostile Takeover)」に等しい。

サイバーパンクの文学的文脈において、「巨大資本主義による搾取」は常に中核的なテーマとなるが、マイヤーズの存在はその究極の形を提示している。企業はもはや国家の規制を逃れる存在ではなく、国家そのものを買収し、その暴力装置(軍隊、情報機関)を合法的に独占したのである。ミリテクはかつてNUSAによって国有化された歴史を持つが、現在では逆にミリテクがNUSAを支配しているとも言える関係性にある。マイヤーズは市民を「国家の主権者」としてではなく、「人的資本(ヒューマン・キャピタル)」あるいは「企業役員のための搾取可能なリソース」として見なしている。彼女が大統領として語る「国家の再統一」や「自由の守護」といった言葉は、すべてミリテクの市場拡大と軍事的覇権を正当化するためのプロモーション・スローガンに過ぎない。

2. 血の損益計算書──「統一戦争(メタル・ウォーズ)」の真実

マイヤーズの企業的マキャベリズムが最も凄惨な形で歴史に刻まれたのが、2069年から2070年にかけて引き起こされた「統一戦争(Unification War)」、別名「メタル・ウォーズ(Metal Wars)」である。

2.1 【事実】焦土と化した国土と、大国の代理戦争

2069年、大統領に就任したばかりのマイヤーズは、国家強化という大義名分のもと、独立状態にあった自由州(Free States)に対する連邦支配の拡大、すなわち「統一プログラム」を発表した。当然のことながら、自由州側はこれを拒否し、武力衝突へと発展した。

この戦争の構図は単純な内戦ではない。NUSA連邦軍の背後には、最新鋭の軍事技術と部隊を提供するミリテク社が存在し、対する自由州の背後には、北米大陸での影響力回復を目論むアラサカ社(Arasaka)が秘密裏に資金と兵器、そして「セキュリティ・アドバイザー」を提供していた。 戦争は凄惨を極め、2070年中頃にはテキサスと北カリフォルニアを除くほとんどの自由州が連邦軍に占領された。しかし、その過程でマイヤーズは一切の容赦を見せなかった。2070年6月6日の夜、北カリフォルニアの州都サクラメントはNUSA軍による無差別な絨毯爆撃を受け、莫大な民間人の死傷者を出した。南カリフォルニアでの「リッジクレストの戦い」では、1日だけで3,078名もの死者が報告され、戦争で最も血塗られた戦闘として記録されている。

最終的に、アラサカの本格的な介入によって事態がNUSA(およびミリテク)の経済的・軍事的キャパシティを超える全面戦争に発展することを恐れたマイヤーズは、南カリフォルニアのアーヴィンで「アーヴィン協定(Treaty of Unification)」に署名し、戦争を終結させた。

2.2 【考察】人命をコストとして弾き出す「平和」の欺瞞

この戦争は、歴史書には「国家の再統一を目指した正義の戦い」と記されているが、実質的にはミリテクとアラサカによる「第5次企業戦争」の代理戦争に過ぎない。

陣営表向きの主体背後のメガコーポ戦争の目的最終的な帰結(アーヴィン協定)
統一派NUSA(新合衆国連邦政府)ミリテク(Militech)旧アメリカ領土の完全支配による市場の独占と軍事覇権の確立。自由州の形式的な自治を認めつつ、連邦政府への協力を義務付けることで妥協。
独立派自由州(テキサス、北カリフォルニア等)アラサカ(Arasaka)連邦政府からの独立維持。アラサカの北米市場への再参入と権益確保。自治権を維持し、アラサカのナイトシティにおける影響力回復の足がかりを得る。
独立都市ナイトシティ(複数企業の思惑が交錯)激戦地となることを避け、企業支配下の自由都市としての地位を保つ。北カリフォルニアおよびNUSAから離脱し、完全な国際自由都市としての自治を獲得。

マイヤーズの冷酷さは、サクラメントへの絨毯爆撃やリッジクレストでの大量死を、損益計算書上の「必要な経費」として平然と処理できる点にある。政治的大義は、武力による市場拡大という真の目的を隠すためのパッケージに過ぎない。アーヴィン協定の調印も、和平への願いからではなく、「これ以上の戦争継続はミリテクの株価とNUSAの国家予算に対して致命的な赤字をもたらす」という極めて企業的なリスク管理(損切り)の結果である。 さらに、AIによる分析ソフトウェアは、2080年までに再び「ホット・ウォー(熱戦)」が勃発する確率を74%と予測している。マイヤーズにとって平和とは、次の戦争のための弾薬を装填するためのインターバルに過ぎないのだ。

3. 見捨てられた猟犬──カート・ハンセンとドッグタウンの因果

マイヤーズの人心操作と、計算し尽くされた「切り捨て」の残酷さを証明する最大の生きた証拠が、ドッグタウンの支配者にして「バーゲスト(Barghest)」のリーダー、カート・ハンセン大佐である。

3.1 【事実】最前線での裏切りと、軍閥の誕生

カート・ハンセンは統一戦争時、NUSA軍の大佐としてパシフィカ(ナイトシティの一区画)への侵攻作戦を指揮していた最前線の軍人であった。しかし、ナイトシティ市議会議長のルシウス・ラインがアラサカに介入を要請し、アラサカのスーパーキャリアが到着すると、事態の潮目は劇的に変わる。アラサカとの全面戦争(第5次企業戦争)へのエスカレーションを恐れたマイヤーズは、ナイトシティの目前まで進軍していたハンセンと彼の部隊に対し、突如として即時撤退を命じたのである。

多大な血と犠牲を払って前線を押し上げてきたハンセンにとって、この命令は耐え難い裏切りであった。彼はマイヤーズの撤退命令を無視し、パシフィカの未完成のインフラ施設(スタジアム等)に部隊ごと立てこもることを決意する。これが、バーゲストという私兵軍閥の誕生であり、ナイトシティの中の独立した無法国「ドッグタウン」の起源である。

3.2 【考察】計算された「スケープゴート」の力学

ハンセンの離反は、一見するとマイヤーズの命令が行き届かなかった軍事的失敗のように見える。しかし、シャード「心理評価報告:カート・ハンセン大佐」の記述を読み解くことで、この事象の裏にある因果関係が別の様相を帯びてくる。 同シャードには、ハンセンについて「部下と直接コミュニケーションを取り、自然な信頼関係を築いている」と評価される一方で、「上官に対して過度に断定的であり、不服従と個人主義的な傾向が中程度に見られる(Exhibits a moderate tendency for insubordination and individualistic behavior)」と明確に記されている。

マイヤーズがこのような心理プロファイルを持つハンセンを、あえてナイトシティ侵攻という最も困難で危険な最前線に配置したことは、偶然ではない。彼女は、いざという時に切り捨てやすい「不服従の傾向がある指揮官」をスケープゴートとして利用したのである。アラサカが介入してきた際、マイヤーズは「命令を無視して暴走した一軍人」としてハンセンを切り捨てることで、NUSA本体への責任の波及を防ぎ、政治的妥協を図ったのだ。 ハンセンから見れば、マイヤーズは単なる政敵ではなく、「血の代償を裏切った冷酷な元上官」である。DLC『仮初めの自由』の発端となるスペースフォース・ワンの撃墜は、単なるテロリズムではない。マイヤーズの「企業的合理性」が過去に産み落とした怨念のブーメランが、ドッグタウンという物理的なスラムの形をとって大統領自身を撃ち落としたという、完璧な因果応報の構図である。他者を使い捨ての駒として扱うマイヤーズの傲慢さが、自らの墜落という悲劇の引き金を引いたのである。

4. 神の領域の兵器化──プロジェクト・キュノスラの狂気

マイヤーズが統治するNUSAが単なる暴君的軍事国家に留まらず、トランスヒューマニズムの観点から「人類の魂と実存に対する冒涜」を国家レベルで行っていることを示す最悪の証拠が、「プロジェクト・キュノスラ(Project Cynosure)」の存在である。

4.1 【事実】ブラックウォールの向こう側への侵犯

プロジェクト・キュノスラとは、アラサカの兵器「ソウルキラー(Soulkiller)」に対抗するため、ミリテクが極秘裏に立ち上げた軍事研究プロジェクトである。パシフィカの地下深く、奇しくもハンセンが支配するドッグタウンの地下施設(Cynosure Site C)で行われていたこの研究の目的は、データクラッシュ前の旧ネットに取り残された「自律型AI(Rogue AIs)」を捕獲・制御・収容し、そのニューラルネットワークを軍事的・諜報的な大量破壊兵器として利用することであった。 ソロモン・リードの言葉を借りれば、それは「サイバースペースにおける核兵器(cyberspace equivalent of a nuke)」である。この計画は2060年代に一時的に再起動が試みられ、「カント(Canto)」サイバーデッキや「エレバス(Erebus)」サブマシンガンといった狂気的なAI搭載型兵器のプロトタイプを生み出したが、統一戦争の複雑化と、ネットウォッチやアラサカとの外交的危機を避けるために表向きは凍結されたとされている。しかし、マイヤーズとNUSAの諜報機関(FIA)は、この施設の残骸をブラックウォール外縁部を探索するための「発射台」として執拗に利用し続けていた。

4.2 【考察】二つの悪魔的兵器の哲学的比較

アラサカの「ソウルキラー」と、ミリテク(NUSA)の「キュノスラ」。この二つの極秘プロジェクトを比較することで、サイバーパンク2077の世界におけるメガコーポレーションの哲学的な罪深さが浮き彫りになる。

比較項目アラサカの「ソウルキラー」 (Soulkiller)ミリテク/NUSAの「キュノスラ」 (Cynosure)
主な標的・対象現実世界の人間の精神(ネットランナー、反逆者、敵対企業の要人)ブラックウォール越えの自律型AI(旧ネットの遺物、Rogue AI)
機能的メカニズム人格の完全なデータ化(エングラム化)と、オリジナル肉体の死未知のAIの捕獲、ニューラルネットを通じた軍事的ハッキング兵器への変換
哲学的・実存的意味魂のデジタル的搾取、自己同一性の破壊、生命の実存の無効化(死の簒奪)人智を超えた存在への隷属、パンドラの箱の開放、種の生存権の放棄
マイヤーズのスタンスNUSAの脅威となる「敵国の許されざる非人道兵器」ソウルキラーに対抗し、覇権を握るための「正当かつ不可欠な安全保障手段」

アラサカのソウルキラーが「人間の魂をデータ化して幽閉し、永遠の生(あるいは地獄)を与える」という自己の尊厳に対する直接的な倫理的逸脱であるならば、ミリテクのキュノスラは「人類の不可侵領域であるブラックウォールの向こう側から、神のごとき悪魔(自律型AI)を召喚して軍事利用する」という、人類全体の生存そのものを脅かす破滅的な傲慢さである。

マイヤーズは、このキュノスラの兵器化とブラックウォールの突破を、国家存亡を賭けた切り札として直接監督していた。彼女にとってブラックウォールとは、人類を自律型AIの脅威から守る絶対的な防壁ではなく、他国を出し抜くための「未開拓の資源の宝庫」に過ぎない。大統領としての公的な顔の裏で、彼女は世界を滅ぼしかねない禁忌の技術に平然と手を染める、虚無的なマキャベリストなのである。

5. トランスヒューマニズムの生贄──ソングバードの肉体と精神の搾取

プロジェクト・キュノスラの暴走する野心を、一個人の身体に押し付け、トランスヒューマニズムの最悪の形態を体現させられたのが、天才ネットランナーであるソングバード(ソ・ミ)である。彼女とマイヤーズの関係性は、本作における「資本主義的搾取」と「肉体と精神の分離」というテーマの核心を血まみれの手でえぐり出している。

5.1 【事実】無視された警告と「生きた兵器」の消耗

マイヤーズは、ソ・ミの特異なネットランナーとしての才能を「NUSAの兵器」として徹底的に利用し尽くした。マイヤーズは自らの大統領権限で、ソ・ミにブラックウォールを破るよう何度も直接命令を下している。これらの行為は極めて危険かつ非合法であり、2076年12月にはネットウォッチによってブラックウォールの突破の痕跡が検知されている(ソングバードの仕業とは特定されなかったが)。

この繰り返されるブラックウォールへのダイブは、ソ・ミの肉体と精神に不可逆的なダメージを与えた。彼女の脳と神経系は、ブラックウォールの向こう側のAIによって少しずつ「喰われ」、侵食されていったのである。 ここで注目すべきは、FIA(連邦情報局)の専属医であるDr.ベア(Dr. Baehr)が残した医療診断のデータシャードの存在である。Dr.ベアはソ・ミの診察において、彼女がブラックウォールとの接触に起因する深刻な未知の病に侵されていることを正確に評価し、「標準的な医療プロトコルに従って、直ちに彼女を任務から外し、症状の進行を止めるべきである」とマイヤーズに強く忠告・推奨していた。

しかし、マイヤーズはこの医学的警告を完全に黙殺し、ソ・ミをブラックウォールの奥底へ潜らせ続けた。ソ・ミの体は徐々に崩壊し、それを補うために最先端のミリテク製サイバーウェアによって極端な機械化を強要された。氷風呂(アイスバス)を必要としない自己完結型のネットランニング・ステーションとして機能させるため、彼女の背中や肉体は冷たいクロームへと置換されていったのである。

5.2 【考察】国家による身体的接収と自我の喪失

マイヤーズの行動は、メガコーポレーションのブラックな労働環境の比喩を、サイバーパンクの肉体改造(トランスヒューマニズム)のレベルにまで引き上げた極北の悪意である。 一般的なストリートの傭兵やギャングが陥る「サイバーサイコシス」は、個人の欲望や貧困によって過剰なクロームを埋め込むことで引き起こされる、ある種の自己責任の側面を持つ。しかし、ソ・ミのトランスヒューマニズム的な身体変容と精神の崩壊は、彼女個人の選択ではなく、「国家(マイヤーズ)」による強制的な身体と魂の接収であった。

マイヤーズがDr.ベアの診断を意図的に黙殺したという事実は、彼女が「ソ・ミが苦しんでいることを知らなかった」という言い訳を完全に封殺するものである。大統領にとって、ソ・ミは感情を持つ人間ではなく、壊れるまで使い潰す「高性能なルーター」であり、「ブラックウォールへ手を伸ばすための道具」でしかなかった。マイヤーズは時折、ソ・ミを「友人(friend)」と呼んで他者に語ることがあるが、それは相手を都合よく操作し、心理的に縛り付けるための吐き気を催すようなガスライティングに過ぎない。

この搾取構造は、実存主義が問う「人間の自由意志」の完全な否定である。人間が機械と融合することで神に近づくのではなく、巨大権力によって単なる「機械の部品」へとダウングレードさせられる絶望。マイヤーズは、ソ・ミの自我や未来、そして魂そのものを少しずつ削り取り、それをNUSAの国益という名のPL(損益計算書)の黒字へと変換していたのである。

6. 忠誠という呪いと下層民の死──ソロモン・リードとジェイコブの悲劇

マイヤーズによる搾取のもう一人の象徴的な犠牲者が、FIAのベテランスパイであるソロモン・リードである。彼の存在は、組織への盲目的な忠誠が、いかに個人の実存を歪め、さらには無関係の弱者をすり潰すかを浮き彫りにしている。

6.1 【事実】7年間の眠りと、再び引かれた見えない糸

かつてリードは、NUSAの暗躍のために働きながらも、統一戦争の裏面におけるマイヤーズの政治的判断によって敵地に置き去りにされ、事実上「見殺し(あるいは長期の非合法な潜伏)」にされた過去を持つ。しかし、『仮初めの自由』の発端でドッグタウンに不時着し窮地に陥ったマイヤーズは、再び自身の安全を確保するため、Vを通じてリードをスリーパーエージェントとして「再起動」させる。リードは過去にマイヤーズに裏切られ、命を落としかけた事実を抱えながらも、彼女の呼びかけに即座に応じ、国家への異常なまでの忠誠を貫く。

6.2 【考察】実存的自己欺瞞と崩れゆく帝国

リードの悲劇は、「自分がマイヤーズにとって都合の良い使い捨ての駒であることを心の底では深く理解していながら、その役割(国家への奉仕)を手放すことができない」という、サルトルの言う「自己欺瞞(Bad Faith)」に陥っている点にある。彼は愛国心や義務感という「呪い」によって自己の行動を正当化しているが、その忠誠を捧げる先であるマイヤーズ本人は、国家理念など微塵も信じていない冷徹なCEOである。

クエスト「Lucretia My Reflection(ルクレティア・マイ・リフレクション)」において、マイヤーズとリードが再会する隠れ家でのシーンは極めて象徴的である。このクエスト名は、The Sisters of Mercyの同名の楽曲から取られており、その歌詞は「崩れゆく帝国(Empire falling)」を暗示していると解釈されている。マイヤーズが統治するNUSAは、もはや理念なき虚飾の帝国であり、リードはその腐敗した王座を支えるためだけに自らの手を血で染め続ける哀しき騎士である。マイヤーズはリードのその「過剰な責任感と自己犠牲の精神」を正確に把握し、彼の手綱を完璧にコントロールしているのである。

6.3 【事実】シャード「マイヤーズのメモ」が隠蔽する殺意

マイヤーズの人間性とFIAという組織の冷酷さを決定的に描写する、隠された環境ストーリーテリングが存在する。ドッグタウンの隠れ家でVたちが関わることになった二人のストリートの住人、ジェイコブ(Jacob)とテイラー(Taylor)の運命である。

隠れ家での一時の休息の後、マイヤーズが残したデータシャード「マイヤーズのメモ(Myers’ notes)」には、Dr.ベアへの連絡事項や身内の葬儀の手配などの事務連絡に並んで、「J & T(ジェイコブとテイラー)への匿名の支払い(Anonymous payment for J. & T.)」、あるいはレイフィールド製高級車の譲渡といったタスクがメモとして記されている。 しかし、現実の因果は残酷である。もしプレイヤーが隠れ家に向かう途中で監視カメラの処理を怠り、バーゲストに急襲された場合、ジェイコブとテイラーは死体となって発見される。さらに恐ろしいのは、カメラを処理して彼らが生存したままマイヤーズが隠れ家を去った場合でも、後日リードからVへ送られるテキストメッセージには「彼らは片付けられた。心配する必要はない(They’ve been taken care of. No need to worry.)」と記されており、口封じのためにリード(あるいはFIAの実働部隊)によって始末されたことが強く示唆されている点である。

6.4 【考察】血を啜る自動機械としてのFIA

この一連の顛末は、マイヤーズが構築した企業的マキャベリズムの組織構造を完璧に表している。 マイヤーズ自身は、表向きは恩義に対して報酬(レイフィールドやエディー)を支払う気があるかのようにメモを残す。これは彼女が「理性的なCEO」として、取引の帳尻を合わせようとするポーズ、あるいは自分自身に対する言い訳かもしれない。しかし、彼女の直属の部下であり、汚れ仕事の専門家であるリードは、安全保障上のリスク(大統領の潜伏先を知るストリートの浮浪者)を排除するため、躊躇なく彼らを「処理」する。

マイヤーズがリードに直接暗殺を指示したか、あるいはリードが組織の論理を忖度して自主的に行ったかは、もはや問題ではない。重要なのは、マイヤーズがトップに君臨するシステム(FIA)が、下層の無力な人間を「セキュリティ上のバグ」として自動的に排除・粉砕するように設計され、機能していることである。マイヤーズは自らの手を血で汚すことなく、美しい理念(報酬の約束)だけを語り、泥仕事はすべてリードのような「忠誠心のバグ」に取り憑かれた部下に処理させる。これが、企業国家の頂点に立つ者の真の恐ろしさである。

7. ペンタクルのキング──傲慢なる支配者と5000エディーの命

『サイバーパンク2077』におけるタロットカードは、登場人物の本質と運命を指し示す強力なメタファーである。ドッグタウンの隠れ家付近、まさにマイヤーズが身を潜めていた場所の壁に描かれているタロットカードは「ペンタクルのキング(King of Pentacles)」である。

7.1 タロットが予言する冷酷なる唯物論

タロットのデータベースにおいて、「ペンタクルのキング」は次のように明確に定義されている。 「ペンタクルのキングは専制的(imperious)である。彼らは野心と実用主義(pragmatism)を体現するが、同時に執着をも表す。このような人物からは、冷酷さや物質的財産への執着が予想される。遅かれ早かれ、彼らはあなたの世界をひっくり返すだろう」。

7.2 【考察】1ミリの狂いなき人物像

このカードの暗示は、驚くほど正確にロザリンド・マイヤーズという人間を表現している。彼女の「実用主義(Pragmatism)」は、ソングバードの健康を犠牲にしてブラックウォールを兵器化し、リードの過去の怨恨すら利用して再雇用する態度に露骨に現れている。彼女の「物質的財産への執着」とは、単なる金銭欲ではなく、NUSAの領土拡大(統一戦争)であり、ミリテクの権益保護という巨大なスケールの欲望である。 そして「あなたの世界をひっくり返す」という一文は、彼女に関わったすべての人間──ハンセン、リード、ソングバード、そして他ならぬ主人公V──が、彼女の野心の巻き添えとなり、人生を根底から破壊された事実を見事に予言している。

7.3 【事実】5000エディーの命の価値と、虚無のメダル

マイヤーズの「冷酷な物質主義」が、ゲームの終盤において傭兵であるV自身に直接向けられる瞬間が存在する。拡張DLCのエンディング分岐における報酬の差異である。

もしVがソングバードの命を尊び、彼女の願いを聞き入れて彼女を安楽死させる、あるいは月へ逃がすルートを選択した場合、結果として「生きた状態のソングバード(NUSAの重要アセット)」をマイヤーズに引き渡すことはできない。この結末に至った場合、マイヤーズはVに対する態度を氷のように冷酷に硬化させる。大統領の命を救うためにドッグタウンを駆け抜け、無数の死線を潜り抜けた傭兵に対し、マイヤーズが支払う報酬はわずか「5,000エディー」である。 一方で、ソングバードを非情にも拘束し、マイヤーズの元へ「生きた兵器」として送り届けた場合、Vは「名誉勲章(Medal)」と「30,000エディー」を受け取ることができる。

7.4 【考察】傭兵への究極の侮辱と実存の踏み絵

5,000エディーという金額は、物価の高騰したナイトシティにおいては、低級なサイバーウェアすらまともに買えない、チンピラの小遣い程度の額である。一国の最高指導者の命を救った報酬としては、常軌を逸して低い。これは、マイヤーズにとって「自分の命(大統領個人の安全)」よりも、「ソングバードというブラックウォールに接続可能な軍事アセット」の方が、企業的価値として遥かに重かったことを露骨に証明している。Vがその最高価値のアセットを喪失(あるいは逃亡)させた以上、マイヤーズのPL表においてVは「契約を完全には履行しなかった三流の下請け業者」へと即座に格下げされ、それ以上の敬意や対価を払う対象ではなくなったのである。

また、生け捕りに成功した際に大々的に授与される「名誉勲章」も、徹底して空虚な記号に過ぎない。サイバーパンクのディストピアにおいて、国家の勲章とは、兵士の命と尊厳を紙切れ同然のコストで買い叩き、愛国心という麻薬で自己正当化させるための「最安値の給与」である。Vがこの血塗られたメダルを受け取るか否か(受け取りを拒否する選択肢も存在する)は、プレイヤー自身がマイヤーズという巨大な資本主義的搾取システムに屈服するか、それとも実存主義的な反逆の意志を最期に示すかという、本作最大の踏み絵として機能している。

結論:実存主義の敗北と、虚無の帝国の統治者

ロザリンド・マイヤーズは、『サイバーパンク2077』および『仮初めの自由』という血みどろの物語において、最も完成された「怪物」である。彼女はアラサカ・サブロウのように自らを神と錯覚し空から見下ろすわけでもなく、アダム・スマッシャーのように全身を機械化して殺戮そのものに悦楽を見出すわけでもない。彼女は、星条旗と民主主義という見栄えの良いスーツを完璧に着こなし、大衆に向けて「統一と平和」という耳障りの良いスローガンを語りかける。

しかし、その皮膚の下には、他者の魂(エングラムや自我)すらも損益計算書の数字としてしか認識しない、底知れぬ空虚と冷血なアルゴリズムが蠢いている。 彼女は、ミリテクの武力で大陸を焼き払い(統一戦争)、自らの政治的延命のために最前線の忠臣を見捨て(ハンセン)、過去の恨みを逆手にとってスパイを再利用し(リード)、国家の覇権のために一人の少女の脳を宇宙の深淵に棲む悪魔へと差し出した(ソングバードとブラックウォール)。そして、何一つとして自らの手を直接血で汚すことなく、すべての非人道的な責任を「国家の安全保障」や「やむを得ない不測の事態」へと鮮やかに転嫁してみせる。

「企業(メガコーポ)が国家を喰い破った」のがサイバーパンクの根本的な世界観であるならば、ロザリンド・マイヤーズは「国家の皮を被った企業そのもの」である。ソ・ミがブラックウォールの奥底で自らの自我を失い、冷たい機械へと変貌していったように、NUSAという国家もまた、マイヤーズという冷徹なるマキャベリストの意志によって、人間性と道徳を完全に喪失した「利潤追求型の自律マシーン」へと成り果てているのである。

ドッグタウンの薄暗い廃墟で彼女が見せた気さくな笑顔や、Vと交わしたビールの乾杯の裏には、ペンタクルのキングが弾き出す冷酷なコスト計算が常に作動していた。ロザリンド・マイヤーズが君臨する世界において、真の自由(Liberty)などどこにも存在しない。そこに残されているのはただ、彼女が支配する巨大なチェスボードの上で、名誉や忠誠という幻想を抱かされたまま踊り続ける、「仮初めの(Phantom)」駒たちの骸だけである。

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