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cyberpunk 2077

Shard.06:ヨリノブ・アラサカ - 狂気か大義か。父殺しを企て、帝国を内側から破壊する「爆弾」の真意

巨大企業の支配に抗い、自らを「爆弾」と化して帝国に特攻を仕掛けた孤独な反逆者――。不死の神となろうとした父を殺し、生命の尊厳を取り戻そうとしたヨリノブ・アラサカの悲劇的な大義に迫る。

音声解説

はじめに:ナイトシティを覆う巨竜の影と、叛逆の火種

絶え間なく降り注ぐ酸性雨と、網膜を灼くネオンの狂彩に沈むナイトシティにおいて、「自由」とは自動販売機で買える安価な合成食品と同じく、色鮮やかなパッケージに包まれた空虚な概念に過ぎない。この街の実質的な支配者は、ストリートのギャングでも、無力な市長でもなく、摩天楼の頂から下界を見下ろす巨大企業(メガコーポレーション)である。その筆頭に君臨するアラサカ社は、神をも恐れぬ強大な武力と資本、そして「魂のデータ化(ソウルキラー)」という神の領域にまで手を伸ばしたテクノロジーによって、人々の実存を根底から搾取し、管理する絶対的なシステムとして機能している。

しかし、どれほど強固に構築された絶対君主制であっても、その内部には常に致命的な亀裂が潜んでいるものである。本レポートが分析の対象とするのは、アラサカ帝国を統べる「生きた神」ことサブロウ・アラサカの実の息子であり、最終的に実の父の首を絞め上げ、帝国そのものを内部から解体しようと試みた男、ヨリノブ・アラサカである。

表向きの歴史や一般大衆の認識において、彼は「野心に駆られて父を暗殺し、無軌道な企業戦争を引き起こそうとした放蕩息子」あるいは「冷酷な次期CEO」として記録されている。だが、隠蔽された社内メール、断片化されたシャードの記録、そしてゲーム本編における状況証拠を論理的に繋ぎ合わせることで浮かび上がるのは、全く異なる肖像である。彼は、トランスヒューマニズムの究極の闇である「魂の搾取と永遠の支配」に抗い、自らを「爆弾」と化して巨大なシステムに特攻を仕掛けた、このサイバーパンク世界において最も人間臭く、そして最も孤独な実存主義的テロリストであった。

本稿では、ヨリノブ・アラサカの行動原理、コンペキ・プラザにおける遺物(レリック)強奪の裏に隠された真の意図、そして彼が目指した破滅の美学について、事実と考察を厳密に区別しながら、その深淵までを解き明かしていく。

1. 鋼鉄の竜(スティール・ドラゴンズ)と外部破壊の挫折

ヨリノブ・アラサカの実存的苦悩と、後に彼が引き起こす凶行の根源を理解するためには、彼の若き日の叛逆と、その決定的な「敗北」の歴史を遡る必要がある。この章では、彼がいかにしてアラサカというシステムに絶望し、そしてなぜストリートへと下ったのかを分析する。

1.1 温室からの逃逆と「真実」の発見

1995年、サブロウ・アラサカとその後妻であるミチコの間に生まれたヨリノブは、アラサカ家の正当な後継者の一人として、最高水準の教育と特権的な恩恵を享受して育った。幼少期から青年期にかけての彼は、妹のハナコと共にアラサカの広大なコンパウンドの内で、企業が世界に及ぼしている真の暴力性から隔離された「至福の無知」の中に置かれていたとされる。

しかし、21歳の誕生日を迎えた直後、彼は父サブロウが築き上げた帝国の真の姿——力と恐怖による支配構造、冷酷な搾取、そして人間性を蹂躙する非倫理的な作戦の数々——を知ることとなる。激しい口論の末、ヨリノブはサブロウとの縁を絶ち、自らの足でコンパウンドから出奔した。トランスヒューマニズムと高度資本主義が交差するこの世界において、巨大企業は国家を凌駕するリヴァイアサンである。若きヨリノブは、自らの血肉に流れる「搾取者としての血」に対する激しい嫌悪と実存的危機を抱え、システムに対する叛逆を開始した。

1.2 ストリートの闘争と第四次企業戦争

家を出たヨリノブが選んだのは、暴走族(ノーマッド・ギャング)「鋼鉄の竜(スティール・ドラゴンズ)」を自ら組織し、アラサカの支配を外部から打ち破るという直接的な反逆行動であった。彼は企業タワーの論理とストリートの掟の双方を熟知する稀有な存在となり、世界中の反アラサカ勢力と接触して資金と装備を調達しながら、数年にわたり日本におけるアラサカの作戦を妨害し続けた。

事実として、2021年から2023年にかけて勃発した「第四次企業戦争」において、ヨリノブは極めて特異な立ち位置を取っている。宿敵であるミリテクからの勧誘を断固として拒絶しつつも、日本政府に対してアラサカの内部情報を提供し、政府によるアラサカの資産国有化を間接的に支援するなど、帝国の弱体化に奔走したことが記録されている。彼は単なるギャングのリーダーではなく、企業戦争の裏側で暗躍する高度な政治的テロリストとして機能していた。

1.3 敗北の教訓と「内部からの破壊」への転換

しかし、この若き日の直接行動は、彼に絶望的な教訓を与えることとなる。第四次企業戦争の末期、ナイトシティのアラサカ・タワーが核攻撃(ジョニー・シルヴァーハンドらによる作戦)によって物理的に消滅し、企業が甚大なダメージを受けたにもかかわらず、アラサカという怪物は死ななかったのである。それどころか、戦後の混乱を経て、アラサカは再び世界の覇権を握るべく復活の兆しを見せ始めた。

【考察:外部破壊の限界と実存の転換】 この「巨大資本主義は外部からの物理的な攻撃や政治的妨害だけでは決して破壊できない」という冷酷な事実の認識こそが、ヨリノブのその後の狂気にも似た大義の出発点である。彼は、アラサカの根幹にあるのは物理的なタワーや軍事力ではなく、人々の恐怖と欲望を支配する「構造そのもの」であると悟ったのだと推測される。

2020年代後半、長兄ケイの死を悼む葬儀の席で、ヨリノブは妹ハナコの仲介のもと、突如として父サブロウに許しを請い、アラサカ家への帰還を果たす。これは決して彼が野心を捨てて屈服したことを意味しない。戦術的撤退であり、より巨大なスケールでの「トロイの木馬」作戦の幕開けであった。彼はストリートの反逆者から、帝国の心臓部に深く潜行する致死性の毒へと、自らの実存の在り方を変質させたのである。

2. 帰還と雌伏——三つの派閥「雉」「鳩」「鷹」の暗闘

アラサカに復帰した後のヨリノブは、数十年にわたり表立った役職に就かず、放蕩な億万長者としての振る舞いを隠れ蓑にして雌伏の時を過ごした。しかし、その裏で彼は社内に自らの息のかかった軍事・強硬派閥を形成していく。2077年当時のアラサカ内部は、鳥類学の用語を用いた隠語で呼ばれる三つの主要な派閥によって分断されていた。

隠しシャード『アラサカと鳥類学:覚えておくべき3つの日本語』および各種情報源から抽出された事実に基づき、アラサカ社内の派閥構造を以下に整理する。

派閥名(隠語)指導者象徴する鳥類派閥の思想的背景と社内における役割
雉(キジ / Kiji)ハナコ・アラサカキジ(日本の国鳥であり、四国の保護区で飼育)保守派テクノクラート。サブロウの理念を絶対視し、現体制の維持と安定を第一とする。ハナコ自身はネットランナー技術に傾倒する隠遁者だが、体制派の象徴として担がれ、サブロウの「外向けの顔」を保つ役割を担う。
鳩(ハト / Hato)ミチコ・アラサカハト(平和と調和の象徴)自由主義的な改革派。長兄ケイの娘であるミチコを中心に、過激な手法を嫌う者たちが集う。社内での権力基盤は弱いが、政治家やメディアからの支持を集めつつある。ミチコは米国籍を持ち、新US政府とのパイプも有する。
鷹(タカ / Taka)ヨリノブ・アラサカタカ(猛禽類、他の鳥を捕食する)急進的・軍事的な強硬派。妥協なき直接的な解決を好む。親欧米的な傾向や革新的なアイデアを持つため、古参の役員からは危険視されているが、好戦的なエリート層からの支持は厚い。

2.1 捕食者としてのメタファー

この派閥構造は、単なるメガコーポ内の権力闘争の枠組みを超えた、極めて文学的な暗喩を含んでいる。シャードの記述によれば、「タカ」という猛禽類を自身のシンボルに選んだヨリノブは、明らかに他の鳥(=アラサカの同族や体制維持派)を「捕食」する者としての役割を自認していたことが窺える。

【考察:偽装されたタカの狂気】 ヨリノブが形成した「鷹」派閥は、表向きには「父の強権的で冷酷な性質を最も色濃く受け継いだために対立している」と見なされていた。しかし、これは彼の高度な偽装工作であったと考察される。彼の真の目的はアラサカのトップに立って権力を振るうことではなく、アラサカを崩壊させることである。

したがって、ヨリノブが強硬姿勢を貫き、好戦的な軍事エリートたちを囲い込んだのは、意図的に社内の緊張状態を高め、メガコーポレーションとしての暴走を促すことで、他企業(ミリテク等)との決定的な衝突を引き起こすための罠であった可能性が高い。彼は自らを「危険で制御不能な次期CEO」として振る舞うことで、反乱のための駒を密かに世界中へ配置し、同時に権力の頂点に立つための下準備を周到に進めていたのである。

3. コンペキ・プラザの惨劇——遺物(レリック)と翻訳の彼方に潜む真実

ヨリノブの数十年におよぶ潜伏計画が最終的な発火点を迎えたのが、2077年、ナイトシティにある超高級ホテル「コンペキ・プラザ」での「遺物(レリック)」強奪事件である。この事件は一見すると、野心的な次期CEOが会社の極秘技術を外部(ネットウォッチ)に売り払い、利益と権力を得ようとした単純な横領事件に見える。しかし、関係者間の通信記録や隠された動機を紐解くと、これは巨大なシステムに対する致死的なウイルス攻撃の初期段階であったことが判明する。

事の真髄は、「なぜレリックの被験体(エングラム)として、ジョニー・シルヴァーハンドが選ばれたのか?」という一点に集約される。

3.1 サブロウ・アラサカとジョニー・シルヴァーハンド

ジョニー・シルヴァーハンドは、過去にアラサカ・タワーを核爆破した伝説のテロリストであり、アラサカからすれば不倶戴天の敵である。しかし、コンペキ・プラザの屋上にあるAV内で発見されるサブロウ自身の日記シャードには、数十年ぶりにナイトシティを訪れるまでジョニーの存在など忘却の彼方にあったことが記されている。

レリック(正式名称:セキュア・ソウル)は、死者の魂(データ)を新たな肉体にダウンロードするための究極のデバイスである。サブロウの目的はあくまで「レリックを通じた自身の人格の不老不死化」であり、憎きジョニーをテストケースとして復活させる必然性はどこにもない。では、誰が、何の目的でジョニーをレリックに搭載したのか。

3.2 ポーランド語版と英語版の決定的な翻訳差異

この最大の謎を解く鍵は、ヨリノブのペントハウスの端末に残されていた、ネットウォッチの作戦責任者ロナルド・チーヴァーとのメールのやり取りにある。ここで極めて重大な事実として指摘しなければならないのが、本作の開発元の母国語であるポーランド語版と、英語版の翻訳における文脈の決定的な違いである。

英語版では、ネットウォッチ側のメールが「The only question is, why must it be Johnny Silverhand’s?(唯一の疑問は、なぜそれがジョニー・シルヴァーハンドのものでなければならないのか?)」と翻訳されている。このため、多くのプレイヤーや考察者の間で、「ネットウォッチ側が、ブラックウォールの向こう側にいるオルト・カニンガムをおびき出すための餌として、ジョニーのエングラムを指定した」と誤認されてきた。

しかし、ポーランド語の原文におけるニュアンスを厳密に分析すると、意味合いは全く逆転する。ポーランド語版のテキストを直訳すると以下のようになる。 「我々の合意を成功させるためには、特定のエンブラムが搭載されたこの技術のコピーを受け取る必要がある。ジョニー・シルヴァーハンドがそのバイオチップに入っていなければならないということは分かった。しかし、残る疑問はただ一つ:なぜだ?(なぜそこまでしてそれを我々に渡そうとするのか?)」。

【事実と考察:ヨリノブの真意とジョニーの役割】 すなわち、ゲーム内の隠された事実として、「ジョニー・シルヴァーハンドのエングラムをレリックに搭載するよう強硬に要求し、それを外部へ意図的に流出させようとしたのは、ネットウォッチではなくヨリノブ自身であった」と結論付けられるのである。

ヨリノブからチーヴァーへの返信メールには、以下のように記されている。 「私が経済学者であれば、大企業間のゲームがゼロサムゲームではなくなったと告げるだろう。私は単に『自然の秩序』を取り戻そうとしているだけだ。(I am simply trying to restore the natural order of things)」 「市民としての義務感から行っている (doing this out of civic duty)」

ここでヨリノブが語る「自然の秩序」とは、資本主義の論理ではなく、実存主義的な「人間が老いて死ぬという生物学的な絶対的真理」を指す。サブロウが進めるレリックの真の目的は、死という限界を克服し、他者の肉体を乗っ取ることで権力を永遠に固定化する、究極のトランスヒューマニズム的搾取であった。

ヨリノブにとって、ジョニーのデータ化された魂は、単なる取引の商材ではない。かつて物理的な核爆弾でアラサカ・タワーを吹き飛ばした男の魂は、アラサカという不死のシステムに打ち込むための、皮肉に満ちた「デジタルな核兵器」だったのである。彼は意図的に最も危険なテロリストの魂を最新鋭の技術に宿らせ、それを世界に解き放つことで、アラサカの根幹技術そのものを暴走させようと企てていたのだ。

3.3 エヴリン・パーカーという「綻び」:計算された情報漏洩

コンペキ・プラザの事件において、もう一つ不可解な点が存在する。冷徹で計算高いはずのヨリノブが、なぜ単なる一介のドール(セックスワーカー)であるエヴリン・パーカーに対して、あれほど無防備にレリックの情報を晒していたのかという疑問である。

エヴリンのブレインダンス(BD)記録を詳細に分析すると、彼女がペントハウスのセキュリティ構造をスキャンし、ヨリノブの私用端末のメールを覗き見ている間、ヨリノブは極めて不用意に振る舞っているように見える。ヴードゥー・ボーイズはエヴリンを単なる使い捨ての記録デバイスとして雇ったに過ぎないが、彼女はそれを機に自らの野心のためにレリック強奪を計画し、デクスター・デショーン、そしてVたちを巻き込んでいく。

【考察:犠牲の上の盤上遊戯】 ヨリノブの卓越した手腕と「鷹」派閥の防諜能力を考慮すれば、これは意図的な「情報漏洩(リーク)」であった可能性が極めて高い。強大なアラサカの厳重なセキュリティ網からレリックを外部に持ち出すためには、社内の監視の目(特にハナコやサブロウ直属の諜報部)を誤魔化すカモが必要であった。

ヨリノブは、自身の周辺にヴードゥー・ボーイズや他の影の勢力が嗅ぎ回っていることを承知の上で、意図的にエヴリンにメールを見せ、ストリートの傭兵や裏社会の勢力がレリックに手を伸ばすよう誘導したのではないだろうか。彼の最終目的は、アラサカの秘匿技術を白日の下に晒し、メガコーポレーション間のパワーバランスを崩壊させることである。レリックがネットウォッチに渡ろうが、ストリートの傭兵に奪われようが、あるいはヴードゥー・ボーイズの手に落ちようが、「サブロウの手から離れ、アラサカの神話が崩れる」のであれば、どの結末でもヨリノブにとっては目的達成の第一歩となる。

エヴリン・パーカー、V、ジャッキー、そしてT-バグといった存在は、ヨリノブが描いた巨大な崩壊のシナリオにおいて、盤上に配置された無自覚な駒に過ぎなかったのである。弱者をすり潰すナイトシティの無慈悲な構造は、ここでも冷酷に機能している。

4. 父殺しの実存主義——不死の神に対する人間の反逆

計画は、コンペキ・プラザのペントハウスへのサブロウ本人の突然の来訪によって決定的な転換点を迎える。Vとジャッキーが隠れるスマートグラスの裏で繰り広げられた親子の対峙は、単なる一族の権力闘争ではなく、死生観と実存を巡る哲学的な衝突であった。

4.1 ソウルキラーと究極の搾取構造

サブロウ・アラサカは158歳という常軌を逸した長寿を保ちながらも、ついに生身の肉体の限界を迎えつつあった。彼がレリック計画を推し進めたのは、自らの人格データを息子ヨリノブの若き肉体に移植し、文字通り「不滅の神」として君臨し続けるためであった。

巨大資本主義の究極の果ては何か。それは、資本家が労働者の労働力のみならず、自らの血肉を分けた子孫の実存(肉体と魂)すらも「器」として消費し尽くすことにある。ヨリノブの肉体は、サブロウにとっては単なる「予備のパーツ」に過ぎなかった。

4.2 突発的殺害と隠された「大義」

激しい口論の末、ヨリノブは自らの手でサブロウの首を絞め上げる。この行為は、入念に計画された暗殺というよりも、自らの魂と肉体を奪おうとする捕食者に対する、極限状態での生物学的な自己防衛、あるいは爆発的な実存の叫びであったと解釈すべきである。彼が直後に「毒殺された」と極めて稚拙な嘘をつき、トラウマ・チームや護衛のタケムラを混乱させたことは、この殺害が行き当たりばったりの激情によるものであったことを裏付けている。

しかし、CEOの座を実力行使で奪い取ったという事実以上に重要なのは、この突発的な父殺しによって、ヨリノブが図らずも数百万の命を救ったという歴史的真実である。

Vがペントハウスの屋上で発見するサブロウの日記シャード(117-121/77)には、戦慄すべき事実が記されている。サブロウは、レリックという究極のテクノロジーが他者の手に渡るくらいであれば、軌道上からナイトシティそのものを核攻撃して灰燼に帰す用意があり、その旨をハナコにも伝えていたのである(ハナコに窘められ保留してはいたが、決断の引き金に指をかけていた状態であった)。

すなわち、あの夜コンペキ・プラザでサブロウが生き延び、レリックの強奪が露見していれば、ナイトシティは10分以内に地図から消滅していた可能性が高いのである。ヨリノブの行為は、倫理的・法的には凶悪な尊属殺人であるが、結果的には狂える神の暴走を食い止める「大義」として機能した。彼は自らの手を実の父の血で染めることで、自身の肉体という呪縛と、都市を無慈悲に焼こうとしたメガコーポの冷酷な暴力に終止符を打ったのである。

5. 「私が爆弾だ」——第五次企業戦争への青写真と破滅の美学

サブロウ暗殺後、権力の頂点に立ちCEOとなったヨリノブの行動は、企業を繁栄させる経営者のそれではなく、巨大な構造物を意図的に崩落させる解体業者のものであった。彼はハナコを軟禁し、古参の保守派である「雉」派閥を徹底的に弾圧し、さらには「魂の救済(ソウルキラー)」計画の非人道性を露呈させるような行動を取り始める。

彼の真の計画の全貌は、本編の「悪魔(The Devil)」エンディングにおける彼自身の独白によって初めて明らかとなる。

5.1 構造的テロリズムの告白

タケムラ(またはヘルマン)とVの介入によって計画が頓挫し、床に崩れ落ちたヨリノブは、傍らに自決用の銃を置きながら、Vに対して自らの絶望的な孤独と信念を吐露する。

彼はかつて外部からアラサカを倒そうとしたが不可能だったと回顧し、「巨大な怪物を倒すには、内側から食い破るしかない」「私が爆弾となったのだ」と告白する。ジョニー・シルヴァーハンドが物理的な核爆弾を用いて外から壁を壊そうとし、結果的に無辜の民を犠牲にしながらも企業体制を強化させてしまったのに対し、ヨリノブはCEOという最高権力者の立場を利用し、企業を内側から腐敗・暴走させる「構造的な爆弾」となる道を選んだのである。

5.2 カミカゼ戦争と「信号途絶(Signal Lost)」の真意

ヨリノブは意図的にミリテクや新合衆国(NUSA)との緊張を高め、第五次企業戦争を引き起こそうとしていた。彼が目指した企業戦争は、アラサカが勝利するための戦争ではない。両者が共倒れになる「カミカゼ戦争(自爆戦争)」であり、アラサカというシステムを徹底的に疲弊させ、株価を暴落させ、世界中にある拠点を各国の政府や武装勢力に包囲・破壊させるための自滅の青写真であった。彼が放った配下の「鷹」派閥や、かつての「鋼鉄の竜」の同志たちが、世界各地で反乱の火の手を上げる準備を進めていたことが示唆されている。

悪魔エンディングの対話中、ヨリノブは悲痛な面持ちでこう呟く。 「京都。ドバイ…パリ…今日、彼らにはチャンスがあった…だが彼らはそれを失った (Kyoto. Dubai… Paris… these people had a chance today… but they lost it)」。

この言葉と共に、背景の地球儀にはそれらの都市で「信号途絶(Signal Lost)」の警告が次々と点灯する。これは、ハナコとVの介入によってサブロウの復活が確定した結果、世界各地で一斉に反乱を起こそうとしていたヨリノブの同志たち、あるいは彼が自壊させようとしていたアラサカの地方拠点が、復活したサブロウの手によって容赦なく粛清・鎮圧されたことを意味している。

ヨリノブが悲しんでいたのは、自らの死や敗北ではない。自身が長年かけて築き上げた「世界をアラサカの支配から解放する最後のチャンス」が、永遠に失われたことであった。

6. 魂(ソウル)は誰のものか——トランスヒューマニズムの闇に散った犠牲者

ヨリノブ・アラサカの実存的な戦いは、プレイヤー(V)の選択によって全く異なる結末を迎えるが、そのどちらにおいても彼の行動の本質はサイバーパンク哲学の根源的な問いを我々に突きつける。

6.1 Vの選択とヨリノブの運命

Vがアラサカに協力しないルート(「星」「太陽」「節制」エンディング)では、Vの行動が結果的にヨリノブの「爆弾」としての役割を完遂させる一助となる。アラサカのネットワークは崩壊し、ミコシはオルト・カニンガムによって破壊され、巨大帝国の株価と威信は地に落ちる。このルートにおいて、ヨリノブはCEOとして意図的に対応を遅らせるか、あるいは自滅的な舵取りを続け、かつての目標であった「帝国の解体」を静かに遂行していく。皮肉なことに、己の命を救おうともがくVや、アラサカへの復讐に燃えるジョニーの行動は、無意識のうちにヨリノブの壮大な自爆テロに完璧に加担していたのである。

しかし、Vがアラサカの手に乗る「悪魔」エンディングにおいて、ヨリノブが迎える結末は、このゲームにおいて最も凄惨な実存的ホラーである。

生き絶えようとするヨリノブの肉体は医療施設へ運ばれ、自らが殺したはずの怪物——父サブロウのエングラムによって、その人格を上書きされる。ソウルキラーの技術により、ヨリノブ・アラサカという人間の記憶、感情、苦悩、そして反逆の意志はデータとして完全に上書き・消去され、彼の肉体は「永遠の命を得たサブロウ・アラサカ」として蘇るのである。

結語:人間性の喪失と最後の抵抗

ヨリノブが排除しようとしたのは、単なる「悪徳企業」ではない。「エングラム(魂のデータ化)」を用いて死という自然の摂理を捻じ曲げ、富める者が貧しい者の肉体を奪って永遠に君臨し続けるという、人間性の完全な否定そのものであった。ソウルキラーとレリックは、人間の生命哲学を根底から破壊するテクノロジーである。ヨリノブは、この技術がもたらすディストピアの究極形を、誰よりも深く理解し、誰よりも激しく嫌悪していた。

かつて「鋼鉄の竜」としてストリートで自由を叫び、自然の秩序を取り戻すために実の父を手にかけた男の魂は、資本主義とトランスヒューマニズムの巨大な歯車によって跡形もなくすり潰された。それは単なる生物学的な死ではなく、魂(ソウル)そのものの冒涜であり、尊厳の抹消であった。

ヨリノブ・アラサカは、狂人でもなければ、単なる権力亡者でもなかった。血みどろのナイトシティにおいて、彼は彼なりの論理で「大義」を貫こうとした、真の実存主義者である。彼が仕掛けた「爆弾」は、決して無差別な暴力の象徴ではない。それは、不死の神になろうとした巨大資本に対し、限りある生命の尊厳と「死ぬ権利」を突きつけた、人間としての最後の抗いだったのである。ネオンの光が一切届かないアラサカ・タワーの最深部で、その孤独な反逆の魂は誰にも理解されることなく、ただシステムの冷たい沈黙の中に消えていった。

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