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cyberpunk 2077

Shard.08:エヴリン・パーカー - 最下層からの逃逆。ナイトシティの野心と、弱者をすり潰す無慈悲な搾取構造

底辺からの脱却と自由を渇望し、己の知略だけで神々の領域に挑んだエヴリン。無慈悲な搾取システムにすり潰され、徹底的に尊厳を奪われた彼女の絶望と、最後の自己決定という破滅の軌跡。

音声解説

序論:摩天楼のネオンと、奈落へ至る野心の代償

ナイトシティの夜空を焦がすネオンの光は、決して住人たちに希望を抱かせるために輝いているのではない。それは、路地裏にこびりついた血痕や、システムの底で押し潰された者たちの死骸を、視界の隅へと覆い隠すための欺瞞の輝きである。「この街は常に何かを約束してくれる。それが嘘や幻であっても」——この古き箴言を、自らの血肉と魂のすべてを対価として証明した人物こそが、エヴリン・パーカーである。

彼女は、巨大企業と暗黒街のフィクサーたちが絶対的な支配権を握るこの非情な都市において、己の知性と美貌、そして果てしない野心だけを武器に、社会構造の最底辺から這い上がろうとした。しかし、彼女が描いた上昇の軌跡は、資本主義の極北とも言えるナイトシティが、いかにして弱者を徹底的に搾取し、消費し、最後には産業廃棄物として処理するかを示す、最も凄惨かつ典型的なケーススタディとして歴史に刻まれることとなった。

本レポートでは、トランスヒューマニズムにおける「肉体と意識の分離」、巨大資本主義下における「人間の完全な商品化」、そして実存主義的観点からの「魂の死と自己決定権」という深遠な哲学的文脈を踏まえ、断片的なシャードの記録、PCの隠されたメール、NCPDの捜査記録、および関係者の証言から、エヴリン・パーカーの野心と破滅の全貌を体系的に解き明かす。彼女の死は、決して運命のいたずらなどではない。それは「ナイトシティ」という巨大な自動粉砕機が稼働する際に生じる、必然的かつ構造的な摩擦熱に過ぎないのである。

1. ドールハウスの存在論——商品化される意識と「実存の放棄」

1.1 「ドール」という自己喪失のシステム

エヴリン・パーカーの社会的な所属は、ウェストブルック地区のジャパンタウンにそびえ立つメガビルディングH8の12階に位置する高級クラブ「クラウド(Clouds)」であった。タイガークロウズが背後で実質的な運営権を握るこの施設は、表向きはナイトシティにおける歓楽街の頂点であり、顧客の最深の欲望を完璧に満たす洗練されたサービスを提供している。しかし、その実態は、トランスヒューマニズムの倫理的境界線を完全に踏み越えた「自我のレンタル業」であり、人間の尊厳をシステマチックに解体する空間である。

クラウドに所属する「ドール(Doll)」たちは、入店した顧客の無意識下にあるファンタジーや、彼ら自身すら自覚していない性的・精神的欲求をアルゴリズムでスキャンされ、そのデータに基づいた「別の人格」を行動制御用チップ(ドールチップ)を通じて一時的に脳内へインストールされる。このセッションの最中、ドール本人の本来の意識は肉体から完全に切り離され、休眠状態に置かれる。そしてセッションが終了すると同時に、その間の記憶は完全にワイプ(消去)されるのである。

このシステムは、哲学的に見れば「肉体と精神の完全な分離と、肉体の純粋な資本化」を極限まで推し進めたものである。通常の労働者が自らの時間や技術、肉体的な労力を切り売りするのに対し、ドールは自らの「行動主体性」や「意識の連続性」そのものを企業に明け渡している。エヴリンもまた、この搾取構造の最下層に組み込まれた歯車の一つであった。彼女の生来の黒髪は、顧客の多様な嗜好に合わせて青、金、ダークグレー、赤みがかったオレンジなど、自在に色彩を変化させることができる「テックヘア」に改造されており、眼球には顧客の生体反応を読み取るための赤外線機能を備えたキロシオプティクスが埋め込まれていた。彼女の身体は、物理的には彼女自身のものでありながら、その実質的な所有権は常に顧客とクラウドの経営陣の間に存在していたのである。

1.2 プロの女優という叶わぬ夢と実存の乖離

エヴリンの本来の目的は、クラウドで一生を終えることではなく、プロの女優になることであったと記録されている。彼女にとって、ドールハウスでの過酷な仕事は、そのための資金稼ぎや裏社会での人脈作りのための「足がかり」に過ぎないはずであった。しかし、ナイトシティの重力は想像以上に重く、一度システムの底辺に組み込まれた者を容易には逃がさない。彼女の才能と知性、そして野心は、やがてドールハウスという強固なシステムの中に恒久的に取り込まれていくことになる。

ここで注目すべき哲学的な矛盾が存在する。彼女が「女優(Actress)」という、自らの意志と解釈で主体的に役を演じる職業を渇望していたにもかかわらず、現実の彼女は「ドール」という、他者の意志(プログラム)によって強制的に、かつ無意識のまま役を演じさせられる究極の受動的役割に甘んじていたという事実である。主体的な表現者を目指しながら、絶対的な客体として消費される日々。この実存的な乖離と精神的な摩耗こそが、彼女に一世一代の反逆——アラサカという神をも恐れぬ巨大企業からの強奪計画——を決意させた最大の原動力であったと推察される。彼女は、自らの人生の「脚本」を取り戻すために、最も危険な賭けに出たのである。

2. 神々の遊戯盤への介入——コンペキ・プラザと不可侵のデータ

2.1 ヴードゥー・ボーイズの暗躍と「使い捨ての録画機器」

2077年、エヴリンの運命は劇的な転換点を迎える。彼女は、アラサカ帝国の反逆児であるヨリノブ・アラサカが滞在するコンペキ・プラザのペントハウス(タヴェルニエ・スイート)に、コンソートとして招き入れられるようになった。この千載一遇の状況に目をつけたのが、パシフィカを拠点とする特異かつ閉鎖的なハッカー集団「ヴードゥー・ボーイズ(Voodoo Boys)」であった。

ヴードゥー・ボーイズの究極の目的は、人類の不可侵領域である「ブラックウォール(Blackwall)」を貫通し、その向こう側に潜む神の如き自律型AIたちと接触することにある。彼らは、かつて肉体を捨ててデータと化した伝説のネットランナー、オルト・カニンガムを呼び出すための唯一の「鍵」として、ジョニー・シルヴァーハンドのエングラム(デジタル化された魂)が格納されたプロトタイプ・バイオチップ「Relic」を執拗に狙っていた。

ママン・ブリジットやプラシドをはじめとするヴードゥー・ボーイズの幹部たちは、エヴリンに接触し、ペントハウス内部の構造と強固なセキュリティシステムを記録(スクロール)する「ブレインダンス(BD)」の作成を依頼した。残された証言やコミュニティにおける状況証拠の考察からも明らかな通り、ヴードゥー・ボーイズは最初からエヴリンに対してRelicの真の価値や計画の全貌を伝えてはいなかった。彼らにとってエヴリン・パーカーという人間は、痕跡を残さずにアラサカの懐深くへと潜り込める、ただの「使い捨ての録画機器」に過ぎなかったのである。

2.2 欺瞞と野心の交錯:ネットウォッチとの密約

しかし、エヴリンは彼らが想定していたような、思考を持たない単なるドールではなかった。彼女は、持ち前の鋭い知性と野心を駆動させ、ヴードゥー・ボーイズの通信を密かに傍受し、ヨリノブの端末から断片的なデータを盗み見ることで、彼らが狙っているのが「Relic」であり、それが途方もない価値を持つプロトタイプ技術であることを看破する。

ゲーム内のペントハウスで発見されるヨリノブ・アラサカのメール端末の記録には、ネットウォッチ(NetWatch)の作戦責任者であるロナルド・チーヴァー(Ronald Cheever)からの以下のような生々しい通信が残されている。

「我々の合意を成功させるためには、有効なエングラムが入ったバイオチップのサンプルが必要だ。唯一の疑問は、なぜそれがジョニー・シルヴァーハンドのものでなければならないのかということだ」

エヴリンは、このヨリノブとネットウォッチ間の極秘取引に関する情報を、自らが持つヴードゥー・ボーイズの動向とパズルのように繋ぎ合わせた。ここで彼女は、極めて致命的かつ大胆な選択を下す。自分を単なる道具として使い捨てるつもりのヴードゥー・ボーイズを裏切り、自らがRelicを強奪して、直接ネットウォッチ(エージェントのブライス・モーズリーと推測される)に売り渡すという計画を立案したのである。彼女はネットウォッチとの隠された通信の中で、チップの引き渡しと引き換えに莫大な報酬、新しいアイデンティティ、そしてナイトシティからの完全な脱出と法執行機関による保護を要求していた。彼女は、ヴードゥー・ボーイズがジョニーを求めている事実と、ネットウォッチがRelicを求めている事実を巧妙に利用し、自らの価値を最大限に吊り上げようとしたのだ。

2.3 フィクサーと傭兵の起用——破滅への助走とマキャベリズム

この途方もない計画を単独で実行することは不可能であると悟った彼女は、アフターライフの大物フィクサーであるデクスター・デショーン(Dexter DeShawn)を雇い入れた。デクスターは一流のネットランナーであるT-バグ、傭兵のジャッキー・ウェルズ、そして主人公Vをチームに引き入れた。さらにエヴリンは、リジーズ・バーの地下でVと直接対面した際、デクスターという仲介者を排除して直接報酬を分け合うという「二重の裏切り」まで持ちかけている。

彼女の行動原理は、巨大資本主義下における「持たざる者」の極端な自己救済策であり、マキャベリズムの体現である。アラサカ(世界を支配する巨大企業)、ヴードゥー・ボーイズ(暗黒街における不可侵の特異点)、ネットウォッチ(強大な権限を持つ国際的法執行機関)。これら、ナイトシティのシステムそのものとも言える強大な三つの勢力の間隙を縫い、すべてを出し抜こうとした彼女の野心は、ある意味で賞賛に値するほど雄大であった。だが同時に、致命的な欠陥があった。彼女には、それら神々のような組織からの必然的な報復から身を守るだけの「暴力(武力や戦闘用サイバーウェア)」と「後ろ盾(ファクションの強力な庇護)」が完全に欠如していたのである。彼女は、防御力を持たないまま、巨大な歯車の間に自らの身を投じたのだ。

3. システムの報復と「人間の解体」——搾取のサプライチェーン

コンペキ・プラザでのRelic強奪作戦(The Heist)は、ヨリノブによる実父サブロウ・アラサカの暗殺という、誰一人として予測し得なかった歴史的イレギュラーにより、凄惨な失敗に終わる。RelicはVの頭蓋に埋め込まれ、エヴリンが描いた「莫大な富によるナイトシティからの脱出」という夢は完全に潰えた。作戦の瓦解後、彼女はモックス(The Mox)の庇護下にあるリジーズ・バーに一時的に身を隠すが、最終的には自身の唯一の居場所であったクラウドへと戻らざるを得なくなる。ここから、ナイトシティという都市が内包する「弱者をすり潰す無慈悲な搾取構造」が、その本性を剥き出しにして彼女に襲い掛かる。

エヴリンが転落していく過程は、単なる暴力の連鎖ではない。それは、高度な資本主義社会における「不良資産の償却と不法転売」のプロセスそのものである。彼女の身体と精神は、階層を下るごとに異なる組織によってシステマチックに搾取され、削り取られていった。

以下の表は、エヴリンの身体と精神が辿った「搾取の流通経路」を構造的に示したものである。

搾取の段階関与した組織・個人搾取の形態と動機対象の扱い(資産価値としての評価)
第1段階ヴードゥー・ボーイズ情報統制のためのネットワーク越しの遠隔攻撃(粛清)自らの計画を脅かす危険な「バグ」の駆除
第2段階クラウド(ウッドマン)意識のない肉体への性的暴行と、責任放棄に基づく遺棄故障して稼働しなくなった「備品」の私物化と不法投棄
第3段階リパードク(フィンガーズ)劣悪な環境下での修復試行と、回復不能と見なした後の転売手間ばかりかかり利益を生まない「ジャンクパーツ」
第4段階フィクサー(ワカコ)暗黒街のネットワークを利用した人身売買の無感情な仲介右から左へ流すことで手数料を得る単なる「商品(肉)」
第5段階スカベンジャー(XBD)極限の苦痛と恐怖の抽出(違法スナッフBDの作成・販売)使い捨てられ、すり潰される「原材料(消費財)」

3.1 ヴードゥー・ボーイズによるサイバー空間からの処刑

クラウドのVIPブースで顧客に接続中であったエヴリンに対し、ヴードゥー・ボーイズはネットワーク越しに致死的なウイルス攻撃を仕掛けた。彼らの動機は極めて冷徹な算盤勘定に基づく。Relicの所在に関する情報と、自分たちの関与を知るエヴリンは、放置しておけば必ず組織への脅威となる。ゆえに、完全な口封じが必要であった。

NCPDスキャナーやクラウドのセキュリティログに残された事実を統合すると、この攻撃の凄まじさが浮き彫りになる。攻撃はエヴリンに重度な精神崩壊を引き起こしただけでなく、その余波はシステムを通じて接続していた顧客にまで及び、彼を深刻な心身症(サイコソマティックな発作)に陥らせ、精神病院送りになるほどの強烈な神経衝撃波を伴っていた。この瞬間、エヴリンの脳神経は致命的な損傷を受け、彼女の「自我(Ghost)」は外界との接続を強制的に絶たれ、意識を自律的に制御できない植物状態へと突き落とされたのである。ヴードゥー・ボーイズにとって、彼女がその後どうなるかなど些細な問題ですらなかった。

3.2 オズワルド・“ウッドマン”・フォレストの凡庸なる悪

クラウドの管理責任者であるオズワルド・“ウッドマン”・フォレストにとって、植物状態となったドールは、シフトを埋めることもできず、利益を生まないただの「不良債権」でしかなかった。経営陣から彼女の速やかな処分(リサイクル)を命じられた彼は、意識のないエヴリンを自らのオフィスに運び込み、性的暴行を加える。

このウッドマンの行為は、ナイトシティにおける「権力勾配と人間性の喪失」の最もおぞましい発露である。彼が残した2076年11月や2077年5月のログ記録、そしてVとの対話における彼の態度は、ドールたちを血の通った人間としてではなく、完全に所有物や機械の部品として扱っていることを示している。彼はエヴリンを、意志を持たない「都合の良い肉壺」として消費した。そして、度重なる暴行の末に彼女の身体がいよいよ衰弱し始め、死臭を漂わせる寸前になると、面倒な死体処理や法的なトラブルを避けるために、ジグジグ・ストリートの悪徳リパードクであるフィンガーズに彼女の肉体を押し付けたのである。

3.3 フィンガーズとワカコ・オカダ——街の清掃人たち

ジグジグ・ストリートのフィンガーズ(Finn Gerstatt)は、最下層の娼婦や違法インプラントの依存者たちを相手にする、モラルの一切欠如したリパードクである。彼は手に入れたエヴリンを「修理」し、再び商品として自らの支配下に置こうと試みたが、彼女の脳神経に刻まれた損傷は、彼が扱う安物のサイバーウェアや粗悪な薬品で修復できるレベルを遥かに超えていた。フィンガーズにとって、直せない肉体は狭いクリニックの場所を取るだけの不快なゴミである。

そこで彼は、ジャパンタウンを取り仕切る大物フィクサーであるワカコ・オカダ(Wakako Okada)に連絡を取る。ワカコの対応は、この街の冷酷なシステムの完璧な体現であった。彼女はエヴリンの素性や、彼女がいかなる苦略を舐めてきたかといった個人的な事情に一切の関心を持たず、ただ「新鮮な肉体」を求める裏社会の顧客——スカベンジャー——へと彼女を事務的に仲介した。フィクサーたちのビジネスには、道徳的コンパスは存在しない。すべては需要と供給の冷徹なアルゴリズムによってのみ処理され、人間は単なるデータポイントとして右から左へと流されていくのである。

3.4 スカベンジャーと「ディザスターピース」——痛みのエンターテインメント化

エヴリンの果てしない転落の終着点は、エレクトリック・コーポレーションの旧発電所跡地に巣食うスカベンジャーの隠れ家であった。彼らの目的は、人間の臓器を摘出することだけではない。非合法なブラックマーケットで高値で取引される「XBD(違法ブレインダンス)」、とりわけ対象が実際に残虐な拷問を受け、絶望の中で死に至る恐怖と苦痛を感覚データとして記録した「スナッフBD(Death’s Head XBD)」の制作である。

ここでVとジュディが発見するPCのメール記録やシャードは、ナイトシティの最も暗い深淵、人間の悪意の底なし沼を克明に映し出している。あるメールには、「5人の役者(Actors)を用意したが、エヴを除いて全員死んだ」というプロデューサーの非情な記述がある。さらに詳細な記録によれば、最初の3つのシーンでは男性2人と女性1人が使い潰され、4番目のシーンの台本は「女優が最後に死ぬ」という筋書きであり、5番目のシーンには最初から自殺志願の少女があてがわれていたことが示されている。

コミュニティの考察や状況証拠に基づけば、ここで描かれる極めて悪魔的な皮肉に戦慄を覚えずにはいられない。エヴリンの生涯の夢は「プロの女優」になることであった。スカベンジャーたちは、彼女の意識が混濁した状態で、その夢をグロテスクに反転させた「スナッフフィルムの主演女優」としての役割を強制したのである。彼らはXBDの品質(恐怖の鮮度)を高めるために、彼女に「逃げられるかもしれない」という希望を一時的に与え、それを最も残酷な方法で打ち砕くことで、最高純度の絶望をデータとして抽出しようとしたと推測される。

人間を物理的・精神的に解体し、その根源的な恐怖と苦痛すらもデジタルな娯楽(商品)としてパッケージングし、消費する。この構造こそが、巨大資本主義が倫理を凌駕したナイトシティの真の姿である。

4. トランスヒューマニズムの死角——修復不能な「魂」と実存の放棄

4.1 救出と、癒えない精神のコア

ジュディ・アルヴァレスの献身とVの執念により、エヴリンはスカベンジャーの廃工場の奥深くから、辛うじて息のある状態で救出される。彼女の傷だらけの身体はジュディのアパートのベッドに横たえられ、ジュディの手厚い看護により、身体的な損傷はある程度の回復の兆しを見せたかに思われた。

しかし、ここでサイバーパンクというトランスヒューマニズム社会が抱える最大のパラドックス、すなわち「肉体と魂の非対称性」が露呈する。肉体(ハードウェア)をクローム(インプラント)で置換し、神経回路を再接続することができても、極限の恐怖と絶望によって完全に破壊された「精神のコア(魂)」を修復する技術は、この進歩した2077年の世界にすら存在しないのである。

ジュディは後の会話の中で、「彼女のドールチップは損傷していなかった」と語っている。この事実は、極めて重い意味を持つ。状況証拠から推測すれば、ヴードゥー・ボーイズの致死的なハッキング、ウッドマンの執拗な暴行、フィンガーズの劣悪な解剖、そしてスカベンジャーの凄惨な拷問が破壊したのは、交換可能な機械的な部品ではなく、エヴリン・パーカーという個人の「人間としての根源的な尊厳」そのものであったことを意味している。

記憶を自由に編集し、他者の疑似体験を脳に直接流し込むBDテクノロジーが極まり、人格すらもデータ化できる世界であっても、自己の最深部に焼き付いたレイプ、拷問、そして完全な無力感というトラウマ的記憶の連鎖を、己の意志で消し去ることはできなかったのである。

4.2 自殺という「最後の自己決定権」の行使

救出からしばらく後、ジュディがアパートを留守にしているわずかな空白の時間に、エヴリンはバスルームの浴槽で自らの手首を切り、命を絶った。

この自殺という結末を、単なる悲劇としてではなく、実存主義の観点から考察することは本レポートにおいて極めて重要である。コンペキ・プラザの一件が瓦解して以来、エヴリンはずっと「他者の悪意ある意志」によって自己の運命を蹂躙され続けてきた。ヴードゥーの遠隔ウイルス、ウッドマンの暴力、フィンガーズの解剖台、スカベンジャーのカメラ。彼女の生殺与奪の権は、常に冷酷な他者の手に握られていた。

彼女が最後に残されたわずかな力を使って自らの命を絶ったという事実は、システムによって完全に奪われた「自己の所有権」と「運命の決定権」を取り戻すための、最後にして唯一の抵抗であったと解釈できる。これ以上、誰の道具にもならないために。これ以上、己の意志とは無関係に「ドール」として何かを演じさせられないために。彼女は、自らの意識を永遠にブラックアウトさせるという、最も残酷で、かつ最も純粋な自己決定権を行使したのである。

4.3 墓碑銘に込められた欺瞞と真実

死後、エヴリンは火葬され、ナイトシティの富裕層も眠るノースオークのコロンバリウム(納骨堂)に埋葬された。親友であったジュディが用意した彼女の墓碑には、次のような言葉が刻まれている。

「彼女はシステムと勇敢に戦い、そして死んだ(She died valiantly fighting the system.)」

この墓碑銘は、ナイトシティにおける一つの文学的なアイロニーを形成している。冷徹な事実として振り返れば、エヴリンの動機は決して高尚なイデオロギーや、反体制的な大義に基づくものではなかった。彼女はただ、どん底の生活から抜け出し、巨万の富を手に入れ、この息の詰まる街から自由になりたかっただけである。その個人的な野心の達成手段として、たまたま巨大企業やネットランナーの抗争という「システム」を利用し、出し抜こうとし、結果としてそのシステムそのものの巨大な質量によってすり潰されたのである。

しかし、彼女がシステムの中の従順な「ドール」であることを拒否し、自らの知略だけで神々の領域に足を踏み入れようとしたその一歩の野心こそが、結果的に「システムとの戦い」と同義であったこともまた、疑いようのない事実である。彼女の敗北は、個人の野心が巨大な資本と暴力の壁の前でいかに無力であるかを残酷なまでに示しているが、同時に、抑圧された人間が自由を渇望する強烈なエネルギーの証明でもあった。

結論:ソウルキラーの不要な街で

エヴリン・パーカーの物語は、『サイバーパンク2077』という作品が提示する社会構造の残酷さと、トランスヒューマニズムの限界を、これ以上ないほど緻密かつ容赦なく描写した残酷劇である。アラサカの「ソウルキラー」のように、魂をデジタル・エングラムとして抽出し、ミコシのデータバンクに幽閉するような高度なテクノロジーを用いなくとも、ナイトシティの社会構造そのものが、日々無数の弱者の「魂(ソウル)」を殺し、搾取し、消費し尽くしている。

彼女は、見せかけの華やかさと無限の富を約束するこの街の「嘘」を信じ、最も危険な賭けに出た。彼女の致命的な過ちは、己の才能を過大評価したことでも、関係者を欺いたことでもない。真の過ちは、血も涙もない企業論理と圧倒的な暴力が支配するこの街で、強力なインプラントも後ろ盾もない生身の人間が、「自分だけは盤上の駒ではなく、プレイヤーになれる」と錯覚してしまったことにある。

各ファクションの論理から見れば、彼女の実存は最初から存在していなかった。 ヴードゥー・ボーイズの冷徹な論理からすれば、彼女は単なる「アラサカへの侵入経路」であった。 ネットウォッチのマクロな論理からすれば、彼女は単なる「情報の提供者」であった。 クラウドの搾取論理からすれば、彼女は単なる「規格化された肉の器」であった。 そしてスカベンジャーの狂気の論理からすれば、彼女は単なる「悲鳴を上げる消耗品」であった。

誰も彼女の「エヴリン・パーカー」という人格や、プロの女優になりたいというささやかな夢、あるいは一人の人間としての魂には一瞥も与えなかった。資本と暴力のヒエラルキーにおいて、彼女は常に「機能」としてのみ扱われ続けたのである。

主人公Vが、同じくコンペキ・プラザの強奪から始まりながらも、己の暴力と強靭な意志、そしてジョニー・シルヴァーハンドという特異な存在との融合によって抗い続けているのとは対照的に、エヴリンは強固な装甲(クローム)を持たない剥き出しの人間としてシステムに立ち向かい、そして徹底的に破滅した。

エヴリン・パーカーの生と死は、ナイトシティという狂った生態系における食物連鎖の冷徹な事実を我々に突きつける。富と自由への野心は、この街において最も甘美な麻薬であると同時に、最も確実な致死毒である。そして、その毒に侵され、飛翔しようとした者が行き着く先は、血に染まった冷たいバスタブの中か、あるいは身元不明の遺灰が並ぶ静寂の納骨堂しか存在しないのである。魂がデータとして永遠を生きるか否かを問う以前に、この街では肉体を持った人間の魂すらも、決して救済されることはない。

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#サイバーパンク2077 #エヴリン・パーカー #ジュディ #ヴードゥー・ボーイズ #クラウド #スカベンジャー #ナイトシティ #トランスヒューマニズム #考察
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