Diary.10:スーチョン(Yi Suchong) - 倫理なき天才科学者
1950年代、冷たく重い北大西洋の深海に建設されたアール・デコ様式の海底都市ラプチャー。アンドリュー・ライアンが掲げた「客観主義(Objectivism)」と「合理的利己主義」の理想郷は、国家の検閲や神の道徳といったあらゆる束縛から人間を解放するための巨大な実験場であった。しかし、その哲学が最も純粋かつグロテスクな形で結実した存在は、創設者ライアン自身ではなく、ラプチャーの生態系と運命を根本から造り変えた一人の冷酷な科学者であった。
本報告書は、ラプチャーの歴史における最重要人物の一人であり、同都市の防衛システム(ビッグダディとリトルシスター)および、都市を崩壊へと導いた究極の暗殺者(ジャック)を創造した天才科学者、イ・スーチョン(Yi Suchong)博士に関する極秘の深層調査記録である。彼の軌跡は、1950年代の冷戦構造下において台頭した「行動主義心理学(マインドコントロール)」や「優生思想」の暴走を体現しており、科学が倫理という名の錨を失った際に行き着く究極のディストピアを示している。
本稿では、ゲーム内に残された音声記録(オーディオダイアログ)、環境ビジュアル、およびキャラクターの末路などの証拠データに基づき、指定されたテーマの因果関係を解明する。「記録された事実」と、歴史的文脈や状況証拠から推測される「思想的・心理的深層の考察」を厳密に区別しながら、スーチョンという倫理なき天才の狂気と哲学を徹底的に解剖する。
1. 泥濘の生い立ちと生存戦略:イ・スーチョンの起源
ラプチャーの住人の多くは、地上世界の制約から逃れ、自らの才能を自由に開花させるために海底へと降り立ったエリートたちであった。しかし、スーチョンが海底都市へ至るまでの動機は、彼らの「高尚な思想」とは決定的に異なっていた。彼の根底にあるのは、極限状況下で培われた徹底した「生存への渇望」と「機会主義」である。
1.1 記録された事実に基づく事象の再構築
スーチョンの出自は、韓国の農村部における身分の低い使用人の息子である。彼の誕生日は12月16日と記録されているが、正確な誕生年は不明である。第二次世界大戦中、日本の占領下にあった韓国において、彼は自らの研究資金を稼ぎ出し、同時に己の命を長らえさせるために、日本軍に高品質なアヘンを密売していた。
彼が残した音声記録『小さな子供の保護(Protecting Little Ones)』において、スーチョンは当時の状況を極めて冷徹に回顧している。「日本軍は私の街の男たちを皆殺しにしたが、スーチョンだけは生かされた。スーチョンはとても良いアヘンを持っていたからだ」と語る彼は、大量殺戮という惨劇を前にしても感情を動かしていない。さらに同記録内で彼は、「戦争は恐ろしいものだが、スーチョンにとってはそうではない。誰もが恐怖し、誰もがADAMを求めている。(中略)良い知らせは、戦争が大量の死体を作り出すことだ。スーチョンは死体からADAMをリサイクルする方法を知っている」と述べており、人間の死を単なる資源の供給と見なしている。
その後、1946年12月、敵国との協力者(対日協力者)として中国政府からの追及を逃れるため、彼は自らの失踪を装い、法の及ばない海底都市ラプチャーへと逃げ込んだ。
1.2 思想的・心理的深層の考察
スーチョンのアイデンティティの中核には、国家、道徳、イデオロギーといった「大義」への完全な無関心が存在する。アイン・ランドの客観主義哲学において、個人は他者のために生きる自己犠牲を否定し、自らの幸福と理性を追求することが美徳とされる。しかし、スーチョンの行動原理は、ライアンが理想とした「誇り高き生産者」のそれではなく、環境の悲劇に寄生して肥え太る「究極のパラサイト(寄生者)」の生態に他ならない。
冷戦前夜のイデオロギー対立の中で、彼は自らが生き残るための取引材料としてアヘンを利用し、虐殺すらも自らの有用性を証明する舞台装置として消費した。彼がラプチャーの哲学に共鳴した証拠は一切なく、単に「自らの非倫理的な実験を罰する法が存在しない安全地帯」として海底都市を利用したに過ぎない。この絶対的な倫理の欠如と、他者を資源としてしか見なさない唯物論的思考は、後にラプチャー社会そのものを食い破る致命的な毒となっていく。
2. 偽善の慈善事業と空間の二面性:アポロ広場のフリークリニック
ラプチャーにおけるスーチョンの活動拠点は、彼の精神性をそのまま具現化したような空間であった。彼は「スーチョン・インスティテュート」を設立し、ライアン・インダストリーズやシンクレア・ソリューションズ、そして後にはフランク・フォンテインの下で極秘裏に研究を行った。その最も象徴的な施設が、アポロ広場に位置する彼のクリニックである。
2.1 記録された事実に基づく事象の再構築
スーチョンはアポロ広場のアルテミス・スイート2階に「Dr. スーチョンのフリークリニック(Dr. Suchong’s Free Clinic)」を開設した。ここは、メディカル・パビリオンの高額な医療費を払えない労働者階級のための「慈善医療施設」として機能していた。しかし、フランク・フォンテインが運営する他の慈善団体と同様に、このクリニックは純粋な慈善事業ではなく、やって来る貧しい患者たちを自らの人体実験のモルモット(Test subjects)として消費するための隠れ蓑であった。
クリニックは、表向きの顔と、裏に隠された巨大な秘密研究施設の二層構造となっている。
| 施設エリア | 空間構造と用途(記録された事実) |
|---|---|
| 待合室(Waiting Area) | 正面中央に位置する。金属製の二段ベッドやソファが置かれ、貧しい患者を迎え入れる偽装された慈善空間。 |
| 手術棟(Surgery Wing) | 東側の部屋。元々はキッチンとバスルームだった場所を急造の手術室に改装している。血にまみれ、死体が散乱する凄惨な現場。 |
| スーチョンのオフィス(Suchong’s Office) | 西側の部屋。彼自身のデスクがあり、その奥にはビッグダディのテストチャンバーが併設されている。 |
| 秘密研究所(Suchong Laboratories) | クリニックの裏手に広がる、ポイント・プロメテウスに匹敵する巨大施設。ビッグダディの保護者結合研究(Protector Research)や、ジャックの洗脳を行う認識変換室(Cognitive Conversion)が存在する。 |
このクリニックの奥深くにおいて、彼は倫理規定の存在しない実験を繰り返し、数え切れないほどの市民を犠牲にした。
2.2 思想的・心理的深層の考察
このフリークリニックの空間設計は、スーチョンという人物の二面性と、1950年代におけるラプチャーの階級的矛盾を見事に表象している環境的物語り(Environmental Storytelling)である。ライアンの自由市場経済からこぼれ落ちた下層階級の市民たちは、生きるためにフォンテインの提供する「偽りの慈善事業」にすがるしかなかった。スーチョンは、この社会的弱者の絶望を「無尽蔵に供給される安価な実験材料」として搾取したのである。
ここで重要なのは、スーチョンが人間の肉体を神聖なものとは全く見なしていないという点である。彼は自らを「肉体を再構築する芸術家」と見なし、患者を単なるキャンバスとして扱った。この過剰なまでの自己顕示欲と、他者を物象化するサイコパシーは、狂気的な美意識へと昇華されており、彼の施設が血塗られた屠殺場と化すことに一切の躊躇を生じさせなかった。
3. 肉体の商品化と遺伝子の芸術:プラスミド開発における狂気
ADAMの発見によって、ラプチャーの科学者たちは人間の遺伝子を書き換えるという神の領域に足を踏み入れた。ブリジッド・テネンバウムがADAMの基礎理論を確立した一方で、それを実用的な商品(プラスミド)として大衆化し、社会の基盤に組み込んだのはスーチョンである。
3.1 記録された事実に基づく事象の再構築
スーチョンは、同僚であるテネンバウム博士の才能を認めつつも、彼女のアプローチを見下していた。音声記録『プラスミドは絵の具(Plasmids Are The Paint)』において、彼は次のように豪語している。「テネンバウム…時々あの小さな変人を哀れに思う。なんと想像力が貧困なことか…ADAMのタンクの前に座り、微調整と最適化を繰り返すだけで満足している。私には創造が必要だ。ADAMは遺伝子改変のキャンバスに過ぎない…だが、プラスミドは絵の具だ(ADAM is a canvas of genetic modification… but Plasmids are the paint)」。
彼の「創造」は、極めて残酷な人体実験によって達成された。
| 主要なプラスミド / 開発ロット | 開発における倫理的逸脱と結果(記録された事実) |
|---|---|
| テレキネシス(Lot 23) | 音声記録『テレキネシスのテスト』にて言及。離れた物体を持ち上げることは成功したが、飛んでくる銃弾を止めるには「人間の反射神経」が追いつかないという問題を指摘。この結果から被験者の生死を度外視し、スポーツブーストなど新たなプラスミドの着想を得た。 |
| エンレージ(Lot 44) | 音声記録『エンレージのテスト』にて記録。ローランド・ウォレスという白人男性を被験体とし、彼が狂乱状態に陥り絶叫を上げる中、実験の中止を命じるどころか、看護師に彼を押さえつけるよう冷酷に指示を出している。その現場には、ノコギリで惨殺された看護師の死体が残されていた。 |
| マインドコントロール解毒剤(Lot 192) | フランク・フォンテインの命令で開発された、精神支配を解くための薬品。音声記録『マインドコントロールの解毒剤』によれば、フォンテインが自らの洗脳システムに対する「保険(詐欺師が詐欺にかけられることへの恐怖)」として作らせたものである。 |
一方で、スーチョンはテネンバウムの直感的な遺伝子解析能力については高く評価しており、音声記録『遺伝子学のモーツァルト(Mozart of Genetics)』において、「彼女は正式な訓練も経験もないが、遺伝子配列の前に座らせれば、彼女はチェンバロを弾くモーツァルトになる」と賞賛している。
3.2 思想的・心理的深層の考察
スーチョンのプラスミド開発の過程は、優生思想の極北である。テネンバウムがナチスの収容所で「なぜある者は賢く、ある者は愚かなのか」という生命の神秘に対する純粋な(しかし歪んだ)好奇心を持っていたのに対し、スーチョンの関心は「人間の肉体をいかに効率的かつ劇的に書き換え、それを市場価値のある商品にするか」という工学的な功利主義にのみ向けられている。
彼がADAMを「キャンバス」、プラスミドを「絵の具」と表現したことは、人間の尊厳の完全な否定である。芸術家が絵の具を混ぜ合わせてキャンバスに叩きつけるように、彼は被験者の遺伝子を切り刻み、結合させた。ローランド・ウォレスの絶叫を前にしても彼が冷静に録音を続けていたのは、彼にとって被験者が人間ではなく「筆」や「顔料」に過ぎなかったからである。1950年代のアメリカ資本主義が抱えていた「人間の労働力や欲望の商品化」という病理は、ラプチャーにおいてスーチョンの手によって「遺伝子と肉体そのものの商品化」へと究極的な進化を遂げたのである。
4. 行動主義心理学の頂点:ジャックの創造と「恐縮だが」
スーチョンの最も忌まわしく、かつ歴史的な業績は、ラプチャーの支配権を巡る権力闘争において、フランク・フォンテインに究極の武器を提供したことである。それは、人間の自由意志を完全に剥奪された遺伝子操作人間、ジャックの創造であった。
4.1 記録された事実に基づく事象の再構築
スーチョンは、ライアンの非嫡出子であるジャックを急速に成長させ、完全な精神支配下に置くプロジェクトを指揮した。音声記録『赤ん坊の成長記録(Baby Status / Lot 111)』において、スーチョンは「赤ん坊は現在1歳。体重58ポンド。健康な19歳の若者の筋骨格を備えている。結果は…期待外れだが、許容範囲内だ」と記録しており、ジャックがわずか1年で青年の肉体を与えられたことが示されている。
この肉体に絶対的な服従を刻み込むため、スーチョンは残忍な条件付けを行った。音声記録『マインドコントロール・テスト(Mind Control Test)』には、その決定的な瞬間が録音されている。
スーチョン: それはお前の子犬か? とても可愛いな… 幼いジャック: ありがとう、パパ・スーチョン。 スーチョン: その子の首を折ってくれ。 幼いジャック: え? スーチョン: その可愛い子犬の首を折るんだ。 幼いジャック: いやだ…やめて… スーチョン: その子犬の首を折れ。——恐縮だが(Would You Kindly)… 幼いジャック: いやだ…いやだ…(子犬の鳴き声) パキッ(骨の折れる音) スーチョン: 大変よろしい(Very good)。
さらにスーチョンは、「恐縮だが」という命令のトリガーフレーズに加えて、ジャックの心臓の鼓動を強制的に停止させる安全装置「コード・イエロー(Code Yellow)」も脳内に組み込んでいた。
彼は自らの成果を、音声記録『フォンテインの人間ジュークボックス(Fontaine’s Human Jukebox)』の中で次のように総括している。「我々は何年もの間、スキナー箱や電気ショックで進歩を遂げていると思っていた…なんという時間の無駄だ。ADAMが登場するまで、子供を飼い慣らすことは、ボア・コンストリクター(大蛇)を飼い慣らすのと同じだった。フォンテインがスーチョンに、子供の頭に刷り込みたい経歴を渡す。この子供は人間ではない。ジュークボックスだ。フォンテインが聴きたい曲を何でも再生する準備ができている(Kid not a person, he jukebox, ready to play whatever tune Fontaine wants to hear)」。
4.2 思想的・心理的深層の考察
これらの事実は、1950年代におけるMKウルトラ計画(CIAの洗脳実験)や、イワン・パブロフの条件反射、B.F. スキナーのオペラント条件づけといった「徹底した行動主義心理学」の極北を示している。スーチョンはADAMという未知の物質を用いることで、心理的条件付けという不確かな手法を、遺伝子・神経レベルでの「絶対的物理法則」へと引き上げた。
アイン・ランドの客観主義哲学において、「人間の自由意志」と「自らの理性に基いて選択する能力」こそが人間の条件であり、最高の尊厳であるとされる。物語のクライマックスにおけるアンドリュー・ライアンの有名な台詞「人は選択し、奴隷は従う(A man chooses, a slave obeys)」は、この客観主義のテーゼそのものである。
しかし、スーチョンが作り上げたジャックは、この哲学に対する最悪のアンチテーゼであった。スーチョンは「自由意志を持った人間」を、硬貨(トリガーフレーズ)を入れれば指定された行動(曲)を狂いなく実行する「機械(ジュークボックス)」へとダウングレードさせたのである。子犬の首を折らせた実験は、対象者の感情、愛情、道徳的抵抗が、科学的条件付けの前では一切無力であることを証明するための冷徹なデモンストレーションであった。ジャックが泣き叫びながらも自らの手で子犬を殺す行為は、精神の主体性と肉体の行動が完全に切り離されるという、人間的尊厳の究極的な破壊を意味している。
5. 愛情の強制と異形の共生:プロテクター・プログラムの構築
ADAMを大量生産するためには、死体からADAMを回収し、体内で精製する存在(リトルシスター)が必要であった。しかし、戦闘力を持たない少女たちを狂気に満ちたスプライサーが徘徊するラプチャーの市街へ送り出すことは不可能である。そこでスーチョンが考案したのが、絶対的な護衛者である「ビッグダディ」を少女に随伴させる『プロテクター・プログラム』であった。
5.1 記録された事実に基づく事象の再構築
スーチョンはまず、リトルシスター側の心理的障壁を取り除く必要に迫られた。音声記録『リトルシスターと死体(Little Sisters and Corpses)』において、彼は少女たちが死体の見た目や匂いに嫌悪感を抱くことを問題視し、「死体を何か魅力的なもの、子猫やチョコレートバーなど、子供たちが喜ぶ馬鹿げたものとして認識させるようにプログラムする必要がある」と推論している。これが、リトルシスターたちが血まみれの死体を「天使(Angels)」と呼び、注射器を「注射器の形をしたおもちゃ」と思い込む精神的条件付け(認識変換)の起源である。
次に、ビッグダディ側の条件付けである。スーチョンはビッグダディがリトルシスターを本能的に守護するようにするための精神的刷り込み、「保護者結合(Protection Bond / Lot 255)」の開発を指揮した。彼は音声記録『プロテクターの匂い(Protector Smell)』において、ビッグダディから放たれるひどい悪臭(terrible stink)について言及しつつも、「リトルシスターたちはその匂いを好んでいるようだ。これで新兵を探さなければならない(Little Sisters seem to like odor…)」と記録しており、フェロモンを用いた化学的な結びつきを利用しようとしていた。
しかし、このプログラムは多大なコストと困難を伴った。スーチョンは音声記録『ケチなクソ野郎(Cheap Son of a Bitch)』の中で、プロテクター・スーツの製造過程を明かしている。「フォンテインは恐ろしいクソ野郎だが、ライアンはケチなクソ野郎だ。プロテクター・スーツは再利用できない。人間を連れてきて、皮膚と臓器を直接スーツに移植(接合)しなければ、スーツは機能しないのだ。ライアンはビッグダディは高すぎると言う。ライアンは卵でも吸ってろ(Ryan can go suck egg)」と、予算を渋るライアンを痛烈に批判している。
5.2 考察
プロテクター・プログラムの開発過程は、スーチョンが「人間の感情や紐帯」を単なる化学的・神経学的な反応としてしか捉えていないことを如実に示している。親が子を守り、子が親を慕うという人間性の根本的な愛(アガペー)を、彼は「フェロモン(悪臭)」「視覚の幻覚(死体を天使と見なすプログラム)」「脳への刷り込み(インプリンティング)」という物理的・化学的要素に還元し、人工的に合成してみせた。
ここには、1950年代の核家族化と家父長制のグロテスクなパロディが存在する。少女を外界の危険から守る「力強い父親(ダディ)」という役割は、臓器と潜水服を接合され、自由意志を奪われた醜悪な怪物へと姿を変えられた市民たちによって強制的に演じさせられている。そして「無垢な娘(シスター)」は、死体を天使と見誤る幻覚の中に閉じ込められ、血をすする機械と化している。スーチョンは、愛や保護という概念すらもADAMによってプログラミング可能な「機能」へと貶めたのである。
さらに、彼がライアンとフォンテインという二人のイデオロギー的な宿敵を、単なる「資金提供者(パトロン)」としてしか見ていない点も重要である。彼はライアンの客観主義にも、フォンテインの利己的な野望にも興味はない。彼にとって絶対的な価値基準は「自らの非倫理的な実験にどれだけの資金(リソース)を提供してくれるか」という一点のみであり、雇用主が誰であろうと平然と乗り換える。音声記録『雇用主の変更(Changing Employers)』において、彼はフォンテインの死(偽装)を知り、「フォンテインにとっては悪いことだが、スーチョンにとっては良いことだ。(中略)テネンバウムは去り、フォンテインも去った。リトルシスターについて全てを知っているのはスーチョンだけだ。これはスーチョンにとって非常に良いことだ」と喜悦を露わにしている。彼の忠誠心は常に、自らの実験と利益のみに捧げられていた。
6. 次元を超越する強欲:コロンビアとの交信と知的搾取
スーチョンの飽くなき科学的探求心と機会主義は、空間と次元の壁すらも越えさせた。『BioShock Infinite: Burial at Sea - Episode 2』の記録から、彼が別次元の空中都市コロンビアの資本家・発明家であるジェレマイア・フィンク(Jeremiah Fink)と、時空の裂け目(ティア)を通じて交信していた事実が明らかになっている。
6.1 記録された事実に基づく事象の再構築
エリザベスがラプチャーを訪れた際、スーチョンがティア(時空の裂け目)を利用して、コロンビアのジェレマイア・フィンクと研究データを共有し、技術的な共同開発(あるいは相互の模倣)を行っていたことが判明する。
フィンクの製造した飲料用超能力薬品「ビガー(Vigors)」は、スーチョンの「プラスミド」技術を模倣・応用したものであった。一方で、フィンクが開発した巨大な機械鳥「ソングバード(Songbird)」の設計思想(対象となる少女への絶対的な防衛本能)は、スーチョンが開発中であったビッグダディの「保護者結合(Protection Bond)」に多大な影響を与えており、双方は互いの研究を盗み見ながら自らのプロジェクトを推進していた。
スーチョンは、ビッグダディのインプリンティングを完成させるための鍵として、フィンクに対して「エリザベスの髪の毛」を提供するよう要求した。しかし、フィンクは最終的にパートナーシップを破棄し、これを拒否している。
6.2 考察
スーチョンとフィンクの関係は、まさに「次元を隔てた鏡合わせのパラサイト」である。一方は海底のディストピアで生物学(ADAMと遺伝子)を用いて人体を弄び、一方は空中の狂信的都市で物理学(ルーテスの量子浮遊技術)を用いて労働者を搾取していた。二人に共通しているのは、倫理観の完全な欠如と、他者の知的財産を躊躇なく盗用・改変し、それを自らの利益に変える資本主義的貪欲さである。
特筆すべきは、スーチョンがティアという物理法則を超越する現象、すなわち「別次元への窓」を目の当たりにしても、神の存在を信じたり、宇宙の神秘に畏敬の念を抱いたりすることは一切なかったという点である。彼にとって次元の裂け目は、単なる「便利な通信手段」であり「新技術の密輸ルート」でしかなかった。この圧倒的なまでの唯物論的思考と功利主義こそが、スーチョンの狂気を支える盤石な土台となっている。いかなる超常現象も、彼の手にかかれば即座に「利用可能なリソース」へと変換されてしまうのである。
7. 因果応報の結末:アポロ広場の惨劇と環境的物語り
あらゆる倫理を無視し、他人をモルモットやジュークボックスとして消費し続けてきた天才科学者の最期は、ゲーム史に残る見事な「環境的物語り(Environmental Storytelling)」によってプレイヤーに提示される。彼が追い求めた科学的成果そのものが、彼の命を奪うことになった。
7.1 記録された事実に基づく事象の再構築
1959年1月14日(推測日)、アポロ広場のフリークリニック内にある秘密のテストチャンバーにおいて、スーチョンは最期を迎えた。
音声記録『保護者結合(Protection Bond)』には、彼の死の瞬間が克明に録音されている。スーチョンは、ビッグダディがリトルシスターに反応しないというインプリンティングの失敗に酷く苛立っていた。その最中、リトルシスターの一人(レタ / Leta)が彼にすがりつき、「パパ・スーチョン!」と繰り返し呼びかける。激高したスーチョンは「あっちへ行け、この汚いクソガキ!(Get away, you filthy little shit!)」と叫び、レタを殴りつける。レタが泣き出した直後、背後からバウンサー(Bouncer)型ビッグダディの凄まじい咆哮が轟く。「何をしている? 下がれ…下がれ!! ギャアアアア!」というスーチョンの断末魔と共に、巨大なドリルの回転音が響き渡り、録音は途切れる。
約1年後の1960年、ジャックがアポロ広場のクリニックを訪れた際、スーチョンの死体は巨大なドリルに貫かれたまま、自らのオフィスのデスクに釘付け(screwed to the desk)にされ、無惨に腐敗していた。治安維持責任者のサリバンも、彼がデスクに打ち付けられているのを発見したと証言しているが、指導者であるライアンはこの事態に対して「全く気にも留めなかった(just didn’t care)」という。
7.2 考察
スーチョンの死は、ギリシャ悲劇における「ハマルティア(致命的な欠陥による破滅)」を完璧に体現している。
第一に、彼が苛立ちから無抵抗な少女に暴力を振るうという「他者への共感能力の完全な欠如(サイコパシー)」が、彼の命を奪う直接的な引き金となった。彼は、子供が暴力を受ければ泣き、周囲の保護者が怒るという当たり前の人間的感情を、致命的なまでに過小評価していた。
第二に、極めて皮肉なことに、彼を殺害したビッグダディの行動は、「危害を加えられたリトルシスターを絶対的に保護する」というスーチョン自身が完成を渇望していた『保護者結合(Lot 255)』が完璧に機能したことの証明であった。『Burial at Sea - Episode 2』において、別次元から来たエリザベスが間接的にこの結合(ビッグダディとリトルシスターの情操的な結びつき)を完成させていた事実が描かれているが、スーチョンはその成功を知らぬまま、自らが創り上げた「愛を強制するシステム」の最初の犠牲者となったのである。
第三に、彼の死体が誰にも回収されることなく、血まみれの手術室の奥でドリルに串刺しにされたまま腐敗していったという「環境的物語り」は、ラプチャーという社会の冷酷な本質を浮き彫りにしている。彼を重用し、彼の生み出したビッグダディやプラスミドに依存していたはずのアンドリュー・ライアンすら、彼の死を一瞥だにせず放置した。スーチョンは数え切れないほどの人間を「使い捨ての道具」として消費してきたが、結局のところ、彼自身もラプチャーという巨大な実験場における「使い捨ての歯車」に過ぎなかった。彼の死体は、客観主義社会において有用性を失った人間がどのような扱いを受けるかを示す、最も残酷なモニュメントである。
結論:狂気の科学が残した血塗られた遺産
イ・スーチョン博士は、単なる「マッドサイエンティスト」というクリシェ(定型)に収まる存在ではない。彼は、客観主義が掲げる「自己利益の追求」から「道徳的責任」と「人間の尊厳」を完全に剥ぎ取った場合に立ち現れる、純粋悪の化身である。
彼には、アンドリュー・ライアンのような「哲学的な大義」もなければ、サンダー・コーエンのような「倒錯した芸術至上主義」もない。また、ブリジッド・テネンバウムが後に抱いたような「良心の呵責」や「母性への目覚め」も一切持ち合わせていなかった。彼にあったのは、極限の生存競争で培われた執着と、科学という名の「暴力的な探求心」、そして他者を物質としてしか認識できない「感情の真空」である。
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自由意志を持った人間の尊厳を奪い、「ジュークボックス」へと作り変えたこと。
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人間の悲しみや愛情を「化学物質の作用」に還元し、異形の共生関係(ビッグダディとリトルシスター)を強制したこと。
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無辜の貧困層を、慈善の名の下に解剖台へと送ったこと。
スーチョンが遺したプラスミドや洗脳技術、そしてプロテクター・プログラムは、彼がドリルに貫かれて絶命した後も稼働し続け、結果としてラプチャーという深海の理想郷を完全に崩壊へと導いた。彼の死体はアポロ広場の暗がりに朽ち果てたが、彼が解き放った「倫理なき科学の暴走」は、ラプチャーの歴史に最も深く、最もおぞましい爪痕を刻み込んだのである。人間が神を否定し、自らの欲望のままに肉体と精神を改変し続けた果てに待っていたのは、人間が自らの手で作り上げた生ける機械たちによって屠られるという、必然の破滅であった。
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