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Vol.17:タルタリヤと極悪騎(スカーク)闘争への渇望。呑星の鯨と深淵に触れた少年が抱く、純粋なる破壊と武の哲学

偽りの星空の下、絶望的な宇宙の虚無と運命に抗う一人の青年。深淵で恐怖を知り、因果に血を流して挑み続ける彼が刃に託した、純粋なる反逆の火花と闘争の哲学。

音声解説

序論:偽りの星空と真なる暗黒の宇宙への反逆

テイワット大陸を覆う天蓋、すなわちセレスティアが定義する「偽りの星空」の下において、神々と人間たちは運命という名の不可視の織機によって編み上げられた歴史の悲喜劇を演じ続けている。しかし、その法則の外側には、光すらも呑み込む絶対的な虚無と、神々の権能すら及ばない真の宇宙である「星の海」が存在している 。本報告書で対象とするのは、この星の海と「深淵(アビス)」の極地に触れ、テイワットの定まった運命論に抗う者たちの存在論的意義である。その中核に位置するのが、ファデュイ執行官第十一位「公子」タルタリヤ(本名:アヤックス)であり、彼を深淵の底で鍛え上げた謎の剣客「極悪騎」スカーク、さらには彼女の師にしてカーンルイアの五人の罪人の一人である「極悪なる騎」スルトロギである 。

彼らの存在と行動原理は、権力闘争や神の心の奪い合いといったテイワット内部の政治的次元には留まらない。彼らを貫くのは、宇宙という巨大なシステムが必然的に向かうエントロピーの増大(世界の熱的死)に対する「闘争」という形をとった生命の足掻きであり、偽りの運命(フォルトゥナ)のシステムに対する純粋なる破壊の意志である 。本稿では、ゲーム内の聖遺物、武器テキスト、ドロップ素材などに明示されている「事実」と、歴史論や神話学、グノーシス主義、錬金術の観点から導き出される高度な「考察」を厳密に区別しながら、彼らが抱く武の哲学と因果の終着点を体系的に解き明かしていく。

2. アヤックスの悲劇的宿命論と神話的投影

ファデュイの最年少執行官として恐れられるタルタリヤの背後には、古代ギリシャの悲劇の英雄の影が極めて色濃く投影されている。彼の本名である「アヤックス」は、スネージナヤの小さな村である海沫村(モレペソク)で、彼の父親がかつて彼に語り聞かせた「英雄の物語」に登場する人物から名付けられたものである 。この英雄譚は単なるおとぎ話ではなく、彼の運命を規定する強烈なパラダイムとして機能している。

2.1 ギリシャ神話における「大アイアース」との奇妙な符合

テキスト上の事実として、アヤックス(タルタリヤ)には「テウセル」という名の幼い弟がいることが明示されている 。この家族構成は、古代ギリシャの叙事詩『イーリアス』において、アキレウスに次ぐ武勇を誇ったサラミスの英雄「大アイアース(Ajax the Great)」と、その異母弟であり弓の名手であった「テウクロス(Teucer)」の関係性と完全に符合する 。神話における大アイアースは、弟を大盾で守りながら共に戦場を駆け抜けたとされる 。

さらに、ゲーム内におけるタルタリヤの戦闘スタイルそのものが、この神話的背景を雄弁に物語っている。神話のアイアースは、一度だけ海神ポセイドンの加護を受け、その力を宿した槍を振るったとされる 。タルタリヤが「水元素」の神の目を持ち、水を刃や槍の形に変えて戦うのは、この海神の加護の直接的な暗喩であると解釈できる 。また、彼自身が最も苦手とする武器である弓をあえて使用する姿勢は、自身の弱点に向き合うという武人としての矜持であると同時に、神話における弟テウクロスの象徴を取り込んでいるためである 。英語圏において彼に与えられたコードネーム「公子(Childe)」は、まだ騎士の称号を得ていない若き貴族の徒弟を意味し、未熟でありながら野心と闘争心に満ちた青年のモティーフを体現している 。

2.2 魔王武装の呪縛と悲劇的結末の考察

ゲーム内のテキストにおいて、タルタリヤが扱う「魔王武装(Foul Legacy)」は、本来彼自身の力ではないことが明記されている。それは彼が14歳の時、雪の森で迷い落ちた「底なしの亀裂」の先、すなわち深淵の世界で出会った謎の剣客から授けられた異界の力である 。コミュニティにおける深い考察体系によれば、この「外から与えられた強大な力」こそが、ギリシャ神話のパラレルに沿った悲劇的な結末をタルタリヤにもたらす可能性が高いと推測されている 。

ギリシャ神話において、大アイアースの最期は輝かしい戦死ではない。彼はアキレウスの死後、その「魔法の鎧」を巡る論争において知将オデュッセウスに敗北する 。この敗北と神(アテナ)の介入によって狂気に陥ったアイアースは、正気を取り戻した絶望の中で、かつて敵将ヘクトルから和解の印として贈られた剣を用いて自害するという凄惨な最期を遂げるのである 。この神話の構造をテイワットにおけるタルタリヤの軌跡に当てはめると、次のような不気味な因果の反復が浮かび上がる。

神話における要素(大アイアースの悲劇)テイワットにおけるパラレル(タルタリヤの軌跡)物語的・哲学的意味合いの考察
アキレウスの魔法の鎧を巡る敗北璃月における「岩の神の心」の奪取作戦の失敗究極の力(神の心)を、オデュッセウス的な知略(鍾離や淑女の暗躍)によって出し抜かれ、得られなかった構図 。
敵将ヘクトルから贈られた剣による自害深淵の師スカークから授かった「魔王武装」かつて殺し合い、教えを乞うた者から与えられた力が、自己の生命力を著しく削り、最終的な破滅の引き金となるという呪縛 。
狂気への転落と絶望深淵の力による精神と肉体の侵食魔王武装の過剰な行使による存在の崩壊。あるいは、何よりも大切にしている弟(テウセル)を守れなかった際の絶望による狂気の発現 。

タルタリヤは戦いのスリルと快楽を至上とする実存主義的な生き方を選んでいるが、彼が身に纏う力は「深淵」というテイワットの理から外れた猛毒である。神話の法則性がテイワットにおける運命のテンプレートであるとするならば、彼の「闘争への渇望」は、彼自身を内側から食い破る因果の刃として機能しているのである。

3. 極悪騎スカーク:深淵における「生存と恐怖」の実存主義

タルタリヤの在り方を相対化し、その限界を示す存在が、彼に深淵の剣術と魔王武装を叩き込んだ師である「極悪騎」スカークである。彼女はテイワットの法則に縛られない「星の海からの来訪者」であり、カーンルイアの罪人スルトロギの弟子として、深淵という極限環境に完全に適応した存在である 。彼女とタルタリヤの師弟関係は、単なる武術の継承にとどまらず、存在論的な「闘争の理由」における決定的な断絶を示している。

3.1 恐怖を原動力とする闘争哲学

ゲーム内におけるスカークの言動から読み取れる事実として、彼女の行動原理はタルタリヤのそれとは対極に位置している。タルタリヤは強敵との戦闘にスリルを見出し、純粋な快楽として闘争を消費する 。しかし、スカークは闘争を楽しむことは決してなく、戦いのスリルに身を委ねることもない。彼女を突き動かしているのは、圧倒的な「恐怖」と、どんな環境であっても「生き残る」という冷徹な生存の意志のみである 。

スカークは深淵の領域において、普通の人類であれば瞬時に肉体が崩壊するか、呼吸すら不可能な環境を「自分の家」として認識している 。彼女は深淵のエネルギーを操作し、テイワットの七元素の物理現象を模倣するだけでなく、自らの欠損した四肢を新たに作り出すといった、生命の定義すら書き換える能力を有している 。彼女の哲学の核心は、単なる物理的な破壊力を得ることではなく、「あらゆる嘘と操作を切り裂くことができる絶対的な力の追求」にある 。

スカークが語る「嘘と操作」とは、セレスティアが敷いた運命の織機や、世界樹による歴史の改ざんといった、テイワットというシステムそのものの欺瞞を指していると推察される 。彼女は「恐怖は弱者のための拍車に過ぎない」と断言し、力をつけることで克服されなかった恐怖は、最終的に自らを縛る「足かせ」にしかならないと説いている 。

3.2 認識論的断絶と「ニグレド(黒化)」のプロセス

考察の観点から見ると、呑星の鯨との戦闘において露呈した師弟間の圧倒的な実力差は、単なる戦闘力の問題ではなく、「宇宙の真の恐怖に向き合っているか否か」という認識論の断絶に起因している 。タルタリヤは、星の海の彼方から飛来した宇宙的怪物である呑星の鯨に対し、一ヶ月間も単独で対峙し、その進行を食い止めるという超人的な偉業を成し遂げた 。テイワットの基準で言えば、彼は神仏に匹敵する武に達している。しかし、その直後に現れたスカークは、彼を「弱すぎる」と一蹴し、空間の裂け目へと放り投げた 。

コミュニティの考察において「実力不足(Skill Issue)」と揶揄されるこのシーンには、深い哲学的な意味が込められている 。スカークの視点からすれば、宇宙の熱的死をもたらすような次元の怪物に対し、「己の快楽や見栄」のために戦っているうちは、本質的な強さには決して到達できないのである 。スカークが師匠スルトロギから受けた訓練は、腱が断裂し、骨が砕けても、師の深淵の力によって即座に治癒され、再び四肢が廃人になるまで限界以上の苦痛を強制されるという、無限の破壊と再生のループであった 。

この過酷なプロセスは、錬金術における「ニグレド(黒化)」の過程と完全に一致している。ニグレドとは、物質をその構成要素である原初の混沌(第一原質)にまで分解・腐敗・死滅させることで、新たな高次の形態へ至るための不可欠な第一歩である。スカークはこう述べている。「木の実が死ぬとき、その種は腐った土に蒔かれる。生き残った種はより強い木へと成長し、その意志が失われた世界を鍛え直す」 。深淵という絶対的な黒土(ニグレド)の中で自己の肉体と精神を一度完全に殺し尽くしたスカークから見れば、テイワットという温室で英雄譚の夢を見ているアヤックスの闘争心は、まだ種子が土にすら埋まっていない状態に等しいのである。

4. 「極悪なる騎」スルトロギ:虚無への冒涜と絶対的超越

スカークを鍛え上げ、呑星の鯨を「ペット」として飼い慣らす存在、「極悪なる騎(The Foul)」スルトロギ。彼はカーンルイアの「五人の罪人」の一人であり、自らを宇宙最強と称し、現在は星の海を旅して相応しい好敵手を探し求めている超越者である 。彼の存在は、テイワットの局所的な歴史を超え、原神世界全体の宇宙論的なエントロピーと直結している。

4.1 五人の罪人とセレスティアに対する「冒涜」の分類

カーンルイアの災厄において、ダインスレイヴを裏切り、深淵の深奥なる力(あるいは旅人の双子の片割れがもたらした力)を分割して手に入れたとされる五人の罪人たちには、それぞれが超越した特有の領域が存在する。ロア・コミュニティにおける体系的な考察によれば、彼らが犯した罪は、セレスティア(パネス)を構成する四つの影、すなわち世界の根源的な法則に対する直接的な「冒涜(Blasphemy)」であると解釈されている 。

罪人の名と異名推定される冒涜の領域哲学的・世界観的意義の考察
「黄金」レインドット生命に対する冒涜錬金術による人造生命体(アルベド)や深淵の魔獣(ドゥリン、エリナス)の創造。神の特権である「創世」の模倣と反逆 。
「予言者」ヴェズルフェルニル時間に対する冒涜運命の観測と未来への介入。時間軸の改変を試みることで、セレスティアの運命の織機そのものを否定する行為 。
「黒日を復讐する者」レリル死に対する冒涜死の境界の破壊と不死の呪いの超越。生命のサイクルそのものから逸脱し、永劫の存在として法則に抗うこと 。
「賢者」フロプタテュール理性に対する冒涜深淵の狂気への没入。言語や論理といったセレスティアが定めた認識のルールを根底から解体し、混沌を受け入れること 。
「極悪なる騎」スルトロギ空間(虚無)に対する冒涜次元の超越、空間の破壊、そして星の海の法則の書き換え。天蓋という物理的・概念的境界を無視する圧倒的な暴力 。

スルトロギが「空間(虚無)」に対する冒涜を体現しているという考察は、彼の有する異常な能力によって裏付けられている 。彼はかつてカーンルイアの精鋭部隊「黒蛇騎士」に属していたが、その時点ですでに驚異的な戦闘力を誇っていた 。深淵の力を得た彼は、「混沌の浸透(Chaos Permeation)」または「七を変転する蛇(Seven-Shifting Serpent)」と呼ばれる特異な技術を駆使する 。これは、深淵のエネルギーを用いて局所的な負圧を生み出し、テイワットの七元素(風、氷、草、雷、岩、水、炎)すべての現象を自由に模倣・操作する技術である 。さらに彼は、空間の法則を完全に無視してポータルを開き、宇宙のあらゆる次元を自在に移動することができる 。

4.2 北欧神話の終末論とシスの法則がもたらす宇宙論

スルトロギ(Surtalogi)という名は、北欧神話において世界を終焉(ラグナロク)へと導く炎の巨人スルト(Surtr)が振るう「炎の剣(Surtr’s fire)」、あるいはスルトの炎そのものに由来している 。神話におけるスルトは、個人的な欲望のためではなく、「定められた運命(ラグナロク)を成就させるため」に世界を焼き尽くすという役割を担っていた 。この神話的暗喩が示す通り、スルトロギの行動は宇宙の法則を破壊し、天理が定めた「偽りの箱庭」の境界を焼き尽くすための巨大な暴力の具現である 。

しかし、彼の哲学の根底にあるのは、圧倒的な力ゆえの「絶望的な退屈」である 。幼少期から孤独に生き抜き「力がすべて(Might is Right)」という極端な実力主義を体現してきた彼は、宇宙最強の存在となってしまったことで、全力を出せる相手がいないという虚無に苛まれている 。彼は宇宙にまたがる巨大な文明間の戦争すら、「前庭で蟻が小さな戦争をしているだけ」と冷笑する 。

彼が弟子であるスカークに対し、過酷な拷問にも等しい訓練を課し、彼女の故郷の滅亡を悲しむことを禁じたのは、他でもない「自分(スルトロギ)を本気で殺せるほどの存在」を自らの手で育成するためである 。これは、映画『スター・ウォーズ』におけるシス・オーダーの「ルールの2(Rule of Two)」に酷似しているとの指摘がある 。強者は常に一人であり、弟子は師を凌駕し、その命を奪うことで力を継承する。スカークはスルトロギを打倒するために狂気の世界で生き残り、アヤックス(タルタリヤ)はスカークやスルトロギを超えるために血を流し続ける 。スルトロギが最後にスカークに語った「いつか戻り、お前の『命』を奪って灰にする」という言葉は、恐怖という究極の触媒を用いて生命のポテンシャルを限界まで引き上げる、悪魔的かつ純粋な人類進化の実験なのである 。

5. 呑星の鯨と宇宙のエントロピー:素材テキストが語る因果の真実

スルトロギの眷属であり、フォンテーヌの破滅の予言の実行者となった「呑星の鯨(All-Devouring Narwhal / Ptakhur)」は、テイワットの生態系には属さない「星の海の彼方からの来訪者」である 。原始胎海という、惑星の根源的な生命エネルギーを喰らい尽くすこの巨獣は、単なる意思のない怪物ではなく、宇宙というシステムが抱える根源的な法則(エントロピー)を体現する概念的な存在である 。

その真の恐ろしさと哲学的な意味合いは、ゲーム内でこの巨獣から獲得できる3つのドロップ素材のフレーバーテキストに緻密に隠されている。これらのテキストは、原神の根底に流れる世界観の核心、すなわち「運命」「因果」「熱的死」を解き明かす極めて重要な手掛かりである。

5.1 【光なき糸】(Lightless Silk String)とフォルトゥナの運命論

「呑星の鯨との戦いで、いつの間にか武器に絡みついていた細い糸。古代フォンテーヌでは、世界を支配する『フォルトゥナ(運命)』は竪琴の弦のように無数の糸で編まれていると考える者がいた。その弦が雄大な音楽と共鳴すれば万人に幸福をもたらし、不協和音が生じれば宇宙の法則を破壊してしまうという。」

このテキストは、テイワットにおける「運命決定論(Determinism)」と世界樹(イルミンスール)の概念に対する直接的なメタファーである 。テイワットの住人の運命は、星座や「運命の織機」によってあらかじめ決定されており、天理はその糸を編むことで世界の調和を維持している。呑星の鯨という存在は、この整然とした運命の糸に対して外部から物理的に干渉し、「不協和音」を生み出すことで宇宙の法則を根底から食い破るバグ(外的要因)である 。タルタリヤが深淵の力を用いてこの鯨に立ち向かったことは、自らに課せられたテイワット内部の「死の運命の糸」を引きちぎり、自由意志を獲得するための実存的な抵抗の象徴であったと言える。

5.2 【光なき渦の眼】(Lightless Eye of the Maelstrom)と因果律の特異点

「呑星の鯨から得られた奇妙な『物質』。その実際の重さは、サイズから想像されるものを遥かに超えている。黄金が鉄よりも、大地が吹き抜ける風よりも多くのものを惹きつけるように、すべては重い物体の周りに集まる。光が闇の渦から逃れられないように、因果は運命に付随し、おそらくそれは不可逆なものである。だが、あなたの手にあるその重い物質は、まるで鯨の獲物の影でしかないかのように現実味がない。おそらくあなたが戦ったのは、宇宙の深淵からの『木霊(反響)』に過ぎないのだろう。」

ここで語られているのは、宇宙物理学における「ブラックホール(重力特異点)」と、哲学における「因果律(Cause and Effect)」の不気味な同一視である 。圧倒的な質量、すなわち絶対的な力は、光すらも逃さず、周囲の因果(歴史や他者の運命)を強制的に歪め、自らの渦へと吸い寄せる。スルトロギや呑星の鯨のような超越者は、テイワットの「歴史(世界樹)」という概念すらも捻じ曲げる巨大な重力源として機能している。また、考察において重要視されるのは、鯨の体内に存在し、タルタリヤの魔王武装に酷似した大剣と雷元素を用いて戦う「黒の幻影(Dark Shadow)」の存在である 。テキストが示唆するように、この幻影は独立した生命体ではなく、スルトロギの姿と力を模倣した「留守番(Pet sitter)」のような思念体・木霊に過ぎない 。幻影ですら神々に匹敵する質量と因果の歪みを生み出すという事実は、彼らの根源たる星の海の異常性を際立たせている。

5.3 【光なき質量】(Lightless Mass)と宇宙的エントロピーに対する「火花」

「呑星の鯨との激戦の末に生み出された破片。宇宙は暗く冷たい場所である。しかしよく見てほしい。その中には常に微かな光の煌めきがある。砂の中で輝く真珠のように、アスファルトに撒かれたダイヤモンドの破片のように、霧の夜に差し込む光や、最も明るい炎を点火する火花のように。」

このテキストこそが、原神のバックボーンに存在する「宇宙論」の真髄にして最大のテーゼである 。宇宙は絶えずエントロピーが増大し続け、最終的にはすべての星がエネルギーを失い、冷たく死に絶える「熱的死(Heat Death)」に向かっている 。降臨者や極悪騎たちが彷徨い、スルトロギが絶望的な退屈を抱えながら見つめている「星の海」とは、この救いようのない暗黒と虚無の空間である 。

しかし、その絶対的な虚無の中にあって、すべてが冷たく沈みゆく摂理に抗うように輝く「微かな光」「炎を点火する火花」が存在する 。それこそが、運命に抗う生命の意志であり、人間の魂が放つ煌めきである。スカークが抱く「どんな絶望的な世界でも生き残るという意志」、そしてタルタリヤが体現する「絶対的な敗北や破滅が待っていようとも、血を流して戦い続けるという狂気」は、この暗く冷たい宇宙の法則(エントロピー)に対する、最も純粋で美しい「反逆の火花」に他ならない 。

6. グノーシス主義的宇宙論と自由意志の終着点

スカーク、スルトロギ、そしてタルタリヤの系譜を俯瞰する時、原神の世界観の底流を成す「グノーシス主義(Gnosticism)」の哲学が明確な輪郭を帯びてくる 。

グノーシス主義的な宇宙観において、我々が生きるこの物質世界は、傲慢で無知な「偽の神(デミウルゴス)」によって造られた不完全な牢獄であるとされる 。人間の中には、至高の真なる神の世界から零れ落ちた「光の欠片(霊性)」が閉じ込められており、隠された真の知識(グノーシス)を獲得することでのみ、この偽りの世界を脱出し、本来の光の領域(プレーローマ)へと帰還することができる 。

テイワットという舞台においては、天理(セレスティア)とそれを構成する四つの影が、運命の法則を強要するデミウルゴス的・物質的な支配体系(偽りの星空)に相当する 。そして、これに対するアンチテーゼとして立ちはだかる「深淵(アビス)」は、教令院や神々が定義する単なる「悪の概念」ではない。それはデミウルゴスの支配と法則が一切及ばない「外側の宇宙(星の海)」の根源的な力学であり、偽りの神の摂理を破壊するための至高の知識体系(グノーシス)への入り口なのである 。

ファデュイの「道化」や他の執行官たちが、カーンルイアの滅亡や自らの過去に対する神々への私怨(ルサンチマン)を原動力として「旧世界の燃焼」を企てているのに対し、スカークやスルトロギ、そして深淵に触れたタルタリヤの思考次元には、もはやそのような世俗的・人間的な憎悪は存在しない。彼らの目は、テイワットの内側にいる神々ではなく、それを包み込む偽りの天蓋そのものに向けられている。

タルタリヤの「闘争への渇望」は、彼が故郷の村を飛び出した当初は、英雄譚に憧れる少年の自己顕示欲に過ぎなかったかもしれない。しかし、深淵の底で「真の星空」の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれ、さらには呑星の鯨という宇宙のエントロピーそのものと長期間に及ぶ死闘を演じたことで、彼の武の哲学は純化されつつある 。彼が抱き続ける狂気じみた闘争心は、偽りの神(天理)が定める「お前はここで限界を迎える」という運命決定論に対する、人間の自由意志の極致たる「暴力」へと昇華しているのである。

結論:真の星空を切り裂くための「極悪」なる刃

本考察を通じて明らかなように、ファデュイ執行官第十一位「公子」タルタリヤ、そしてその背後で彼を支配し、同時に導く「極悪騎」スカークと「極悪なる騎」スルトロギの系譜は、テイワット大陸の局所的な権力闘争(七神の支配やファデュイの神の心争奪戦)を遥かに超越した、宇宙論的かつ実存主義的な大いなるテーマを担っている。

第一に、神話的パラレルの帰結として、タルタリヤは古代ギリシャの英雄大アイアースの悲劇をなぞるように、大いなる力(魔王武装)に自己の肉体と精神を侵食されながらも、抗うことをやめない運命の叛逆者として描かれている。彼の死への傾動すらも、神々が定めたシナリオへの反逆である。

第二に、恐怖と生存の真理として、極悪騎スカークが説く「恐怖を克服し、あらゆる嘘と操作を切り裂く力」とは、天理が敷いた「偽りの星空」という宇宙的欺瞞を物理的に破壊し、生命の根源的な生存領域を暗黒の星の海の中で確保するための、冷徹極まりない錬金術的プロセス(ニグレド)である。

第三に、エントロピーへの反逆として、極悪なる騎スルトロギと呑星の鯨が体現するのは、宇宙の法則たる絶対的な「熱的死」と不可逆の「因果律」である。しかし、光なき質量の中に微かな火花が存在するように、深淵の闇の中で極限まで鍛え上げられた個の意志だけが、その虚無に打ち勝つ可能性を秘めている。

テイワットという卵の殻(偽りの空)が破れ、真の星空(果てなき宇宙の深淵と他文明の残骸)がその姿を現す時、セレスティアの法則は一切の効力を失う。その絶対的な虚無とエントロピーの支配する宇宙において、人類という儚い生命が生き残るための一つの残酷な解答——それこそが、既存の倫理や神の慈悲を完全に捨て去り、ただ純粋に「因果をねじ伏せる強さ」のみを希求する極悪騎たちの【闘争と破壊の哲学】なのである。彼らの研ぎ澄まされた刃は、決して七神の玉座を狙う矮小なものではない。それは暗く冷たい宇宙の闇の中で、生命を縛り付ける運命の糸(フォルトゥナ)を永遠に断ち切るための「人間の自由意志」そのものなのである。

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