ALLMIND LORE すべての考察者のために
death stranding

Chapter.13:トモロー(Tomorrow) & レイニー(Rainy) - 『DS2』の新たな登場人物たち

時雨が奪うのは命か、希望か――。過酷な運命に翻弄されながらも「進化」と「停滞」の狭間で抗う二人の女性。絶望の世界で紡がれる、母性と無償の愛の軌跡を紐解く。

音声解説

時雨(タイムフォール)が降り注ぐ荒涼たる大地において、時間は決して万物に対して平等には流れない。ある者はその雨粒の一つに触れた瞬間に老い衰え、ある者は生と死の境界である「ビーチ」の特異な時間軸の中で数千年の孤独を味わい、またある者は胎内での生命の歩みを強制的に止められる。コジマプロダクションによる『DEATH STRANDING 2: On the Beach』において、物語の核心的テーマである「生命の進化」と「種の停滞」という両極端の現象を象徴するのが、本作から登場する二人の女性、トモロー(Tomorrow)とレイニー(Rainy)である。

彼女たちの存在は、単なる物語の牽引役という枠組みを大きく超え、デス・ストランディング現象が引き起こした「生命の理(ことわり)の崩壊」と、それに抗おうとする人類の無意識の表出そのものである。本稿では、ゲーム内に点在する断片的な情報、インタビューログ、環境ストーリーテリングから、事実(設定)と考察(理論)を論理的に分離しつつ、彼女たちが背負った科学的・形而上学的な因果と、その奥底に流れる感情の機微を徹底的に紐解いていく。知性と哀愁が交差するこの考察録が、滅びゆく世界の中で「繋がり」の真の意味を探求する一助となれば幸いである。

1. 虚無のポッドと失われた未来 — トモロー(ルー)の起源

トモローという謎めいた女性の正体を解き明かすためには、まず彼女の起源である「BB-28」、すなわちサム・ポーター・ブリッジズが「ルー」と名付けた一人の赤ん坊の過酷な運命に遡らなければならない。彼女の物語は、前作『DEATH STRANDING』のさらに過去、2050年代の狂気と悲劇から始まっている。

1.1 悲劇の萌芽:ルーシーとニール・ヴァナの贖罪

【事実(設定)】 トモロー(ルー / 本名:ルイーズ)は、サム・ポーター・ブリッジズと彼のセラピストであった亡き妻、ルーシーの間に生まれた実の娘である。2050年代、サムの接触恐怖症(アフェンフォスモフォビア)の治療を通じて二人は結ばれ、ルーシーはサムの子を身籠った。しかし、サムが死の淵から幾度も蘇る「帰還者(Repatriate)」の特異体質を持っていたため、その血を引く胎児はUCA(実質的にはブリジット・ストランド/アメリ)によって、初期のBB(ブリッジ・ベイビー)実験のための極めて重要な被検体として目をつけられてしまう。

この絶望的な状況下で介入したのが、ルーシーの幼馴染であり、脳死状態の妊婦をブリッジズへ密輸する裏稼業に手を染めていたニール・ヴァナ(Neil Vana)である。ルーシーとニールはかつて交際していた時期があり、ニールは今もルーシーを深く愛していた。ルーシーは娘を守るため、胎児を「ニールとの間の子である」と偽装しようとしたが、ブリッジズの監視網はその嘘を冷酷に見破った。 追い詰められたニールとルーシーは赤ん坊を連れての逃亡を図るが、ブリッジズの部隊に捕捉され、二人は命を落とす。この時、死亡したニールの遺体がBT(座礁体)化し、直後に現場へ駆けつけたサムと接触したことで、大規模な対消滅(ヴォイドアウト)が発生。衛星都市は完全に消滅し、ルーシーも灰と化した。

【考察(Theory)】 この事件は、サムの心に「自分が愛する妻を殺し、街を吹き飛ばした」という、一生癒えることのない巨大なトラウマと罪悪感を刻み込んだ。彼が他者との接触を極端に恐れるようになった真の精神的要因は、このヴォイドアウトの記憶にある。 一方、ニール・ヴァナという男の存在は、小島秀夫監督の作品に共通する「血の繋がりを超えた父性」の象徴である。前作のクリフォード・アンガーが息子のために戦場を彷徨う亡霊となったように、ニールもまた、自分が血を分けた実の父親ではないにもかかわらず、愛する女性が残した生命(ルー)を守るため、死してなお自らのビーチで骸骨の兵士たちを従え、彼女を守護し続ける亡霊となった。ニールの自己犠牲は、デス・ストランディング現象によって家族という概念が破壊された世界において、究極の「無償の愛」の形を示している。

1.2 隠蔽された「BB-00」と運命の再会

【事実(設定)】 ヴォイドアウトで焼失したかに見えた胎児は、実はブリッジズの医療チームによってルーシーの遺体から密かに摘出されていた。彼女こそが、BBプログラムの最初の成功例である「BB-00」であった。しかし、その出自の特異性(帰還者サムの娘であること)と事件の真相を隠蔽するため、彼女は長らくポッドの中で保管され続け、11年もの歳月が経過した後に「BB-28」という新たなシリアルナンバーを与えられ、死体処理班の任務へと回された。そして運命の悪戯か、あるいは大統領の意図的な配置か、彼女は実の父親であるサムの手へと渡ることになる。

【考察(Theory)】 通常のBBの稼働寿命は長くても1年程度(365日以内)とされている中、ルーが11年以上もの間ポッドの中で生き延びていた事実は、彼女が単なるBBではなく、父親譲りの「帰還者」としての強靭な生命力、あるいはビーチとの極めて強固な繋がりを持っていたことを証明している。前作の結末でルーがポッドの外に出ても生き続けることができたのは、彼女がすでに死の領域(BBとしての機能)から脱却し、生の世界へと「帰還」する能力を潜在的に有していたからであろう。

2. 偽りの庇護と防衛機制 — サムの狂気と空のポッド

『DS2』の物語序盤から中盤にかけて、プレイヤーは主人公サムの視点を通して、極めて精巧に構築された「狂気」を見せられることになる。これは、本作のサイコロジカルな恐怖と悲哀を最も象徴するギミックの一つである。

2.1 襲撃と「幻影」の発生

【事実(設定)】 物語の幕開け、メキシコ付近に身を隠していたサムとルーのシェルターが、赤い仮面を被った武装集団(後に復活したヒッグス・モノハン率いる教団と判明)に襲撃される。フラジールはルーを抱えて逃亡を図るが、追い詰められ、凶弾に倒れる寸前で自らのDOOMS能力を使い、ルーの肉体と魂を強制的に「ビーチ」へとジャンプさせる。 しかし、シェルターに帰還したサムは、無残に破壊された光景の中で、「BTとなったルーがBBポッドの中に入っていく」という現象を目撃する。以降、サムはオーストラリア大陸の過酷な探索において、常にこのBBポッドを胸に抱き、BTの感知(オデラデクの起動)などの支援を受けながら旅を続ける。

【事実(設定):第16章における真実】 第16章「Tomorrow」に至り、無情な真実が明かされる。サムがオーストラリア全土を旅する間、彼が抱えていたBBポッドはずっと「空(から)」であった。BTの感知や通信といったサポートは、DHVマゼランに乗船している元人形の男「ドールマン(Dollman)」が裏で操作していたものであった。ルーの肉体は現世には存在せず、ずっとビーチに転送されたままであったのである。

【考察(Theory)】 なぜサムは、空のポッドの中に愛する娘の姿を幻視し続けたのか。これは心理学における重度の「否認(Denial)」と、強烈なPTSDが生み出した防衛機制である。かつてヴォイドアウトによって妻と子を失った(と思い込んでいた)サムにとって、再び目の前で娘を奪われるという現実は、精神の完全な崩壊を意味した。そのため彼の脳は現実を拒絶し、空のポッドに「目に見えないが、確かにそこにいる繋がり」を強迫的に投影し続けたのである。 DHVマゼランのクルー(フラジール、デッドマンら)がこのサムの狂気に付き合い、ドールマンが影からサポートを続けていたのは、真実を告げればサムの精神が完全に砕け散り、人類を繋ぐという任務そのものが頓挫してしまうことを恐れたからであろう。この痛ましい嘘の構造は、荒涼たる世界で人間がいかに「架空の繋がり」に依存して正気を保とうとするかという、本作の残酷なテーマを描き出している。

3. ビーチにおける時間の歪み — 黄金の蛹とトモローの誕生

フラジールの決死のジャンプによってビーチへ弾き飛ばされたルーは、そこで現世の物理法則を逸脱した現象を経験することになる。

3.1 ニール・ヴァナのビーチと黄金の蛹(Chrysalis)

【事実(設定)】 ビーチへ転送されたルーが辿り着いたのは、彼女の「影の父親」とも呼べる亡霊、ニール・ヴァナのビーチであった。ルーシーに対する誓い胸に抱き続けるニールの魂は、自らの領域においてルーを強固に保護した。彼のビーチにおいて、ルーは「黄金の蛹(Chrysalis)」のような物体の中に包み込まれ、外部の脅威から隔絶された状態で安置される。

【事実(設定)】 ビーチでは、現世(The world of the living)とは時間の流れる速度が根本的に異なる。現世での数ヶ月という時間は、ビーチにおいては数年、あるいは数十年という長大な時間に相当する。この強烈な時間の歪み(Time Dilation)の影響を受け、赤ん坊であったルーは蛹の中で急速に成長し、美しい大人の女性「トモロー(Tomorrow)」へと変貌を遂げた。第5章「Conflagration(大火)」において、サムがニールの領域に踏み込んだ際、蛹から羽化した彼女は初めてその大人の姿を現す。

【考察(Theory)】 「蛹(Chrysalis)」というメタファーは、生物学的な「変態(Metamorphosis)」のプロセスを示す。蛹の内部では、幼虫の細胞が一度完全にドロドロの液体状に溶解し、全く新しい器官系へと再構成される。ルーがビーチにおいて黄金の蛹に包まれたのは、単なる加齢ではなく、人類が第六の大量絶滅を生き延びるための「新人類(ホモ・ルデンスの進化形)」へと作り替えられるための孵卵器としての機能であったと推測される。 また、この現象はアインシュタインの一般相対性理論における時間の遅れ(あるいは特異点付近での時間の加速)のSF的解釈を取り入れている。ヒッグスがビーチに囚われていた時間が「数千年にも感じられた」と語るように、ビーチとは個人の意識とエントロピーが複雑に絡み合う形而上学的なブラックホールのような空間なのである。

3.2 タールを操る力(Tar Powers)とエル・ファニングの身体性

【事実(設定)】 成長したトモローは、帰還者の血を引く強力なDOOMS保持者(あるいは絶滅体に近い存在)として、極めて特殊な能力を獲得している。彼女は、デス・ストランディング現象の象徴である黒いタール(過去の死の堆積物)を自在に操ることができる。ゲーム内の戦闘シーンでは、機械のロボット兵士たちに対して、タールを利用した瞬間移動(テレポーテーション)や高速移動を行い、圧倒的な力でサムを援護する。 また、トモローのキャラクターモデル、音声、パフォーマンスキャプチャーは、ハリウッド俳優のエル・ファニング(Elle Fanning)が担当している。

【考察】 タールは通常、現世の人間にとっては触れれば引きずり込まれる「死と絶望の沼」である。しかし、ビーチで育ち、生と死の境界を内包するトモローにとって、タールはまるで母胎の「羊水(Amniotic fluid)」のようなものであり、自在に泳ぎ回ることのできるネットワークの海となっている。 興味深いのは、小島秀夫監督がエル・ファニングの実際の動きや演技(パフォーマンスキャプチャー)を観察した結果、彼女の生み出す独特の所作や感情表現に合わせてスクリプトを大幅に書き換え、新たなシーンを追加したという事実である。これは「ファニングがキャラクターを演じる」のではなく、「キャラクターそのものがファニングと同化する」という特異な制作プロセスであり、トモローの持つ優雅でありながらどこかこの世のもの離れした神聖な雰囲気は、彼女の身体性から直接的に抽出されたものだと言える。

4. 停滞する生命と、奇跡の降水 — レイニーの苦難

トモローが「時間の加速」と「進化」を象徴する一方で、DHVマゼランのクルーとしてサムを支える若き女性レイニー(Rainy/演:忽那汐里)は、デス・ストランディング世界における「時間の停滞」と「迫害の歴史」を体現する存在である。

4.1 「時雨の魔女」としての迫害と孤独

【事実(設定)】 レイニーは、彼女自身が屋外に出ると、その周囲に強制的に「時雨(タイムフォール)」を発生させてしまうという、極めて特殊で厄介なDOOMSの能力を持って生まれた。触れたものの時間を強制的に進め、老化と劣化をもたらす時雨は、人類にとって最も恐るべき自然現象である。そのため、彼女は生まれながらにして周囲の人間から「時雨を呼ぶ魔女(The witch who brought the timefall)」として激しい差別と迫害を受けて育った。 実の親にすら見捨てられ、社会から排斥された彼女は、自らの存在意義を見出すための最後の手段として、UCAが推進する「代理母出産(Surrogacy)プログラム」に志願する。しかし、妊娠状態にあってもなお群衆からの迫害は止まず、石を投げつけられ、絶望の淵で自死を覚悟したところを、フラジールによって救い出され、DRAWBRIDGE(DHVマゼランのクルー)の一員として迎え入れられた。

【考察】 レイニーの凄惨な生い立ちは、未曾有の災害や理解不能な現象に直面した人類が、いかに容易に「スケープゴート」を求め、集団狂気に陥るかという社会学的な病理を浮き彫りにしている。時雨そのものはカイラル物質がもたらす広域な物理現象に過ぎないが、人々はその恐怖の矛先を、理解可能な「一人の特異な少女」に向けることで安心を得ようとしたのである。

彼女が代理母出産を志願した理由は極めて切実である。自らが「死と老化を撒き散らす呪われた存在」ではないこと、他者の生命を体内で育むことができる「母」であることを、世界に対して、そして何より自分自身に対して証明したかったからに他ならない。

4.2 コアフォール(Corefall):エントロピーの逆転現象

【事実(設定)】 民衆は彼女を「時雨の魔女」と呼んだが、それは彼女の能力の表層しか見ていない無知の産物であった。レイニーが屋外に立ち、黒い時雨の嵐を発生させる時、彼女の肉体から半径1.5メートルのごく限られた範囲内においてのみ、全く異なる性質の降水が観測される。それが「コアフォール(Corefall)」である。 コアフォールは、時雨とは完全に逆の性質を持っており、触れたものを「過去の状態へと戻す(De-aging)」「修復する」「治癒する」という驚異的な力を持っている。DHVマゼランの同僚であるドールマン(元人間であり、現在は人形の体に入っている)は、定期的にレイニーと共に屋外に出て、彼女のコアフォールを「シャワー」のように浴びることで、自身の劣化を防ぎ、状態を保っている。

【考察】 コアフォールは、本作の世界観において極めて重要な科学的・形而上学的な意味を持つ。デス・ストランディングとは、エントロピーの増大(万物が無秩序へ、すなわち老化・崩壊・死へと向かう宇宙の基本法則)が暴走した状態である。レイニーのコアフォールは、この絶対的な法則に対する局所的な「エントロピーの減少(Negative Entropy)」現象に他ならない。

世界を絶滅させようとする力(絶滅体)が存在する一方で、生命がその絶滅に抗おうとするホメオスタシス(恒常性)の力が、レイニーという個体を通して奇跡の治癒の雨として発現したと考えられる。嵐の目(The eye of the storm)の中心に立つ彼女は、近づく者だけを癒すことができる、孤独で美しい聖域の体現者なのである。

4.3 生命の凍結:スティルベイビー症候群(Stillbaby Syndrome)

【事実(設定)】 レイニーは物語を通して常に妊娠状態にあり、大きなお腹を抱えている。しかし、彼女が健康な赤ん坊を出産することは長らく不可能であった。彼女は「スティルベイビー症候群(Stillbaby Syndrome)」と呼ばれる特異な現象に囚われていたからである。 この現象は、胎内の赤ん坊が妊娠7ヶ月目を迎えた時点で、その成長を完全に停止させてしまうというものである。胎児は死んでいるわけではなく、文字通り体内で「時間ごと凍結(Frozen in time)」された状態になる。自然分娩は不可能であり、帝王切開などの外科的手法で強制的に体外へ取り出そうとすれば、胎児は即座に死亡してしまう。レイニーのみならず、世界中の多くの妊婦がこの現象に見舞われており、人類は新たな生命を誕生させることができない絶望的な「種の停滞」に陥っている。DHVマゼランに乗船する「マザーフッド(Motherhood)」のメンバーであるドクター(演:デブラ・ウィルソン)が、レイニーの定期検診を行いながら、生の世界とビーチのバランスが回復する日を待ち続けている。

【考察】 この「7ヶ月目の呪い」には、前作からの強烈な符合が存在する。前作において、サムの妻ルーシーが死亡し、胎内からルー(BB-00)が取り出されたのも、まさに「妊娠7ヶ月目」の出来事であった。 なぜ胎児は成長を止めるのか。これは、人類を管理しようとする巨大なシステム「APAS」が意図的に引き起こした現象である可能性が高い。APASの正体は、かつてヴォイドアウトで死亡した4,000人の人間の魂がサーバーと融合した集合知拠である。彼らの目的は「絶滅(ラスト・ストランディング)を防ぐこと」であるが、その解決策は「人類を進化の輪から外し、現状のまま永遠に保存(停滞)させること」であった。新しい生命が生まれること(=予測不可能な未来や変異が生じること)は、システムの安定を脅かすリスクである。そのため、APASはビーチを介して現世の生命のサイクルに干渉し、人類の時間を強制的に凍結させていたのだと解釈できる。レイニーの膨らんだ腹部は、決して産み落とされることのない人類の閉塞感そのものだったのである。

5. 二つの特異点の比較分析 — 時間と生命のエントロピー

トモローとレイニーは、デス・ストランディングという未曾有の事態に対して人類が引き起こした「進化」と「停滞」という対極のベクトルの象徴である。以下の表に、両者の特異な現象学的特性の対比を示す。

比較分析の視点トモロー(Tomorrow / Lou)レイニー(Rainy)
存在の起源と孤独「帰還者」サムの血を引くため、BB実験の兵器(BB-00)として人為的に生かされ続けた。DOOMSによる時雨の発生能力ゆえに「魔女」と呼ばれ、親や社会から排斥された。
「時間」のベクトル【極端な加速】



ビーチの特殊な時間拡張(Time Dilation)の影響を受け、一瞬にして赤ん坊から大人の女性へと成長した。
【絶対的な停滞】



スティルベイビー症候群により、胎児の時間が7ヶ月目で完全に凍結(Frozen in time)されている。
降水現象と環境制御環境中の「タール」を自在に操り、物質の境界を越えるテレポーテーションや戦闘に利用する。自らの周囲に「時雨(老化)」を降らせるが、半径1.5m以内だけは「コアフォール(修復・若返り)」へと変異させる。
他者からの「投影」狂気に陥ったサムの心理的防衛機制により、「空のポッドにいる無力な赤ん坊」として幻視され続けた。集団心理のスケープゴートとして、世界の終わりをもたらす「時雨の元凶」として理不尽な憎悪を向けられた。
APAS打倒後の結末父親との精神的再会を果たし、フラジールの遺志を継ぐ新たな「配達人」として次なる大陸へ旅立つ。ビーチと現世のバランスが正常化されたことで時間の凍結が解け、無事に健康な女の赤ん坊を出産する。

この表が明確に示す通り、二人は見事なまでに対称的な存在(ミラー・キャラクター)である。トモローが「空間の制約(タールからの解放)」と「未来への急成長」を体現するのに対し、レイニーは「時間への束縛(スティルベイビー)」と「過去への修復(コアフォール)」を体現している。小島秀夫監督は、この二人の女性を通して、エントロピーが増大する世界の中で、人類がいかにしてそのバランスを取り戻していくかという壮大な生命の試行錯誤を描き出しているのである。

6. ポエトリーの調べ — 『雨にぬれても』が意味する受容と抵抗

『DS2』の過酷な世界観の中で、トモロー、レイニー、そしてサムを精神的に繋ぐ極めて重要な文学的・音楽的モティーフが存在する。それが、1960年代のB.J.トーマスの名曲『Raindrops Keep Fallin’ on my Head(雨にぬれても)』である。

【事実(設定)】 ゲーム内において、この楽曲は幾度となく使用される。カットシーンの非ダイエジェティック(背景音楽)として流れるだけでなく、キャラクターたちが作中世界で実際にこの歌を口ずさむシーンが複数存在する。例えば、レイニーに対するクイズのイベント後、トモローが現れてサムに問いかける悪夢のようなシーンの前後や、絶望的な状況下でサムを導く際に、この曲の「Raindrops keep fallin’ on my head, but that doesn’t mean my eyes will soon be turnin’ red(頭に雨が降り続くが、だからといって泣くわけじゃない/やがて幸せが訪れるから)」という歌詞が強調して提示される。

【考察】 デス・ストランディングの世界において、「雨(時雨)」とは万物を奪い去る死と老化の絶対的な象徴である。しかし、この楽曲における「雨」は、避けるべき呪いではなく、「受け入れるべき人生の苦難」として歌われている。

小島秀夫監督がこの曲を物語の中核に据えた意図は深い。接触恐怖症に苦しみながらも荷物を運び続けたサム、周囲から石を投げられ時雨の魔女と蔑まれながらもコアフォールの癒しを持っていたレイニー、そして死の世界であるビーチに突き落とされながらも、力強く大人の女性へと成長を遂げたトモロー。彼らは皆、容赦なく降り注ぐ「運命の雨」に濡れながらも、決して立ち止まることなく歩み続けた。科学的な絶滅の恐怖に対して、人間の「感情」や「楽観主義(オプティミズム)」がいかに強い抵抗力(Resistance)を持つかという、ポエトリー(詩的)なアプローチの極致がここにある。時雨を忌み嫌うのではなく、雨に濡れながら「いつか来る幸福(Tomorrow)」を信じて歌うこと。それこそが、第六の大量絶滅に対する人類の最大の武器なのである。

7. 世界を縛るシステム「APAS」の崩壊と、解き放たれる未来

物語のクライマックスに向け、トモローとレイニーを苦しめていた世界の歪みは、巨大な陰謀の打破とともに解消へと向かう。

7.1 集合知拠「大統領」と停滞の強制

【事実(設定)】 事件の黒幕である「大統領(The President)」は、単一の人間ではない。かつてUCAで発生したヴォイドアウトの犠牲となった4,000人の魂が、ビーチのサーバー上で自動配達システム「APAS」のAIと融合した集合知拠(Gestalt Entity)であった。彼らの最終目的は人類の絶滅を防ぐことであったが、そのアプローチは「人類を肉体的な進化や移動から切り離し、永遠に変化しない魂(データ)の存在として生かし続けること」であった。ヒッグスは表面上このAPASと結託しながら、裏では世界を完全に無に還す「ラスト・ストランディング」を目論んでいた。

【考察】 APASが提示した「永遠の保護」とは、究極の停滞である。レイニーの胎児が7ヶ月目で凍結される「スティルベイビー症候群」も、人類が次世代を産み出し、新たな進化の可能性(リスク)を生むことをシステムが拒絶した結果であったと考えられる。生命とは本来、傷つき、老い、死ぬというエントロピーの連続性の上に成り立つ。大統領(APAS)が提示した「傷つかない、死なない、しかし未来もない世界」を否定し、サムがヒッグスとAPASを打ち倒したことで、世界は再び「傷つき、老いるが、新しい命が生まれる」という本来の生命の営みを取り戻したのである。

7.2 「プレート・ゲート」の開通と、二つの結末

【事実(設定)】 ヒッグスとの最終決戦において、世界を終焉に導くはずのタールの力を利用し、逆にサムを救うために戦ったのは、ビーチから帰還したトモロー(ルー)であった。 サムがオーストラリア大陸のカイラル通信網を完全に接続し、APASの野望を砕いた後、DHVマゼランのクルーたちはそれぞれの未来へと歩み始める。生の世界とビーチのバランスが正常化されたことで、レイニーを苦しめていたスティルベイビー症候群は劇的に解消され、ドクターの立ち合いのもと、彼女はついに健康な女の赤ん坊を出産する。 そして、エピローグのカットシーン。荒廃した未来の世界線において、大人の女性となったトモローは、かつて自分が入っていたBBポッドを荷物入れとして再利用し、首にはフラジールから受け継いだ機械のグローブを下げている。彼女は父親の背中を追う新たな「配達人(Porter)」として、オーストラリアの接続によって開かれた巨大なポータル「プレート・ゲート(Plate Gate)」の前に立ち、未だ孤立する別の大陸(ヨーロッパ、あるいはアフリカ、アジア)へと一人足を踏み出していく。

結論:繋がりがもたらす呪いと、その先にある絶滅への抵抗

『DEATH STRANDING 2: On the Beach』におけるトモローとレイニーの物語は、単なるSF的なギミックを超えた、深い人間讃歌である。

かつて実験体(兵器)として扱われ、サムの胸のポッドの中で庇護されるだけの「無力な荷物(Cargo)」であったルーは、ニールという亡き男の献身的な愛によってビーチの孤独を生き延び、自らの意志で歩き、戦い、世界を繋ぐ「未来(Tomorrow)」そのものへと変貌を遂げた。

また、自らが持つ時雨の能力によって世界から迫害され、石を投げられながらも、コアフォールという癒しの力を内に秘めていたレイニーは、スティルベイビーという時間の凍結を打ち破り、自らの手で確かな新しい生命を産み出す「母」となった。

繋がり(Strand)は、時に愛する者を失う恐怖(サムの接触恐怖症)を生み、時に集団による迫害(レイニーの魔女狩り)を引き起こし、時に世界を永遠の停滞(APASの管理社会)へと縛り付ける「呪い」となる。しかし、それでもなお、人類は繋がりを求めて歩き続けるしかない。なぜなら、その呪縛の果てにしか、新しい生命(レイニーの娘)の誕生と、未知の大陸へ向かって歩み出す勇気(トモローの旅立ち)は存在しないからである。

彼女たち二人の存在は、第六の大量絶滅という宇宙的な暴力に向かって人類が提示できる、最も美しく、最も力強い「抵抗(Resistance)」の形である。大いなる悲哀と科学的暴走の歴史を乗り越え、彼女たちの背中に降り注ぐ雨が、もはや時を奪い去る死の雨ではなく、大地を潤し、新しい芽を育む恵みの雨であることを、ロア・スカラーとして強く信じてやまない。

Support the Archive

当アーカイブの考察・分析活動を維持するために、コーヒー1杯の温かいご支援をいただけると大変励みになります。

Buy me a Coffee
#デス・ストランディング2 #DS2 #トモロー #レイニー #ルー #サム #小島秀夫 #ビーチ #時雨 #BB #エル・ファニング
Share
Voice Commentary
00:00 / 00:00