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啓蒙.01:上位者とコズミック・ホラー - 人類には理解不能な宇宙的恐怖

全能なる神々は皆、赤子を失う運命にあった――。冷酷な宇宙の真理と、血に狂い進化を夢見た人類の果て。ヤーナムの夜に響く赤子の泣き声が告げる、圧倒的絶望の記録。

Main Visual © Sony Interactive Entertainment, © FromSoftware

音声解説

序論:ゴシックの偽装と宇宙的深淵の顕現

古い医療の街ヤーナム。そこは、獣の病という風土病と、血の医療という怪しげな民間療法が支配する、ヴィクトリア朝のゴシック・ホラーを具現化したような陰惨たる都市である。夜の闇に紛れて徘徊する獣たち、狂気に落ちた群衆、血に濡れた石畳、そして病の蔓延を防ぐために殺戮を繰り広げる狩人たちの姿は、一見すると中世から近代へと至る過渡期における伝染病の恐怖や、人間の内なる獣性(野蛮への退行)を描いた古典的な怪奇幻想の枠組みに収まるように見える。

しかし、ヤーナムの地下深くに眠るトゥメル遺跡の地層から、あるいは天上を覆う青ざめた月の奥底から滲み出してくる真の恐怖は、狼男や吸血鬼といった人間サイズの怪物によるものではない。ヤーナムの街を覆う獣の病は、はるかに巨大で、冷酷で、人間という種族そのものの存在意義を根底から粉砕する「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」を覆い隠すための、極めて薄く脆弱なヴェールに過ぎない。そのヴェールの向こう側に蠢いているのが、人類の認識能力を遥かに超越した高次元の神格的実体、「上位者(Great Ones)」である。

本報告において論述するのは、この「上位者」と呼ばれる存在群の異常な生態と、彼らが人類にもたらした絶望の構造、そして人間の矮小性に関する哲学的な考察である。彼らは人間の善悪、倫理、道徳、あるいは生存権などという極小の概念には一切の関心を払わない。宇宙の法則と彼ら自身の根源的な生物学的渇望にのみ従って漂い、人間という存在は、彼らにとって路傍の石か、せいぜいが利用価値のある実験用の培地に過ぎない。人間は上位者と交信し、その血や神秘を利用して自らを進化させようと試みた。しかし、それは蟻が天体の運行を支配しようとするに等しい、圧倒的な無知と傲慢の産物であった。

本章では、遺された古き遺物のテキスト、カレル文字の記録、悪夢の領域の環境構造、そして断片的な伝承を統合し、「上位者とはいかなる存在か」「彼らはなぜ人間界に干渉したのか」、そして「未知なる宇宙の真理がいかにして人間の精神を不可逆的に破壊するのか」について、残された事実とそこから導き出される論理的な考察を厳密に区別しながら、その全貌を解き明かしていく。

1. 高次元存在「上位者」の定義と人類の矮小性

1.1 宇宙的恐怖とヴィクトリア朝の狂奔

「上位者」とは、人類の進化の行き着く果て、あるいは全く異なる宇宙的次元(上位次元)から到来した高位の存在群を指す呼称である。彼らは物理的な三次元空間(ヤーナムの現実世界)と、霊的・精神的な多層次元(狩人の夢や各種の悪夢)の双方にまたがって存在しており、通常の時間や空間の制約を受けない。

彼らを理解する上で、ヴィクトリア朝における「進化」と「啓蒙」という思想的背景を無視することはできない。19世紀的な世界観においては、科学と医療の発展が人類を万物の霊長たる地位へと引き上げ、自然界のあらゆる謎は人間の知性によって解き明かされるという盲信(進歩主義)が存在した。ビルゲンワースの学者たちや医療教会の重鎮たちもまた、この傲慢な思想に囚われていた。彼らは上位者の存在を知ったとき、畏敬の念を抱くのではなく、「自らもまた知識と血を通じてその高みへと進化できる」という優生学的かつ冒涜的な野心を抱いたのである。だが、コズミック・ホラーの文脈において、宇宙の真理(上位者)との接触は決して人類の幸福や向上を意味しない。

1.2 「啓蒙」のパラドックスと内なる瞳

上位者という存在が放つ高次元の情報を、三次元の物理法則に縛られた人間の脳は処理することができない。したがって、上位者の姿を直視し、あるいはその声を聴くためには、次元の壁を突破するための特殊な知覚能力である「啓蒙(Insight)」を獲得し、脳内に「内なる瞳(eyes on the inside)」を開く必要がある 。

しかし、ここに致命的な認識論的パラドックスが存在する。人類が宇宙の真理に近づく(啓蒙を得る)ということは、自らの存在がいかに無価値で矮小な塵に過ぎないかという、残酷な宇宙の事実を直視させられることと同義なのである。啓蒙が高まるにつれて、かつては見えなかった聖堂の壁に張り付く巨大な上位者の姿(アメンドーズ)が視認できるようになり、赤子の泣き声が空間を満たすようになる。真理を知ることは、即ち人間の精神の崩壊(狂気)を意味する。ビルゲンワースの学者たちが求めた「瞳」は、彼らを神の世界へ導く窓ではなく、深淵の闇へと引きずり込む落とし穴であった。

1.3 遺物「夜空の瞳」が証明する冷酷なる宇宙

上位者や神秘との接触がいかに絶望的な結果を招くかを如実に示す資料として、秘儀の遺物「夜空の瞳」の記録が存在する。この遺物は、ビルゲンワースが上位者の領域へと近づこうとした際の悲劇的な証左である。

遺物の属性歴史的記述に基づく客観的詳細
遺物の本質精霊(phantasm)に祝福された、軟らかな瞳(soft eye)である 。
発見の経緯かつてビルゲンワース(Byrgenwerth)が神秘(arcane)に接触した際の名残として発見された 。
内部の光景その瞳孔の奥深くには、暗い夜空が果てしなく広がり、絶え間なく隕石の嵐(endless meteor storm)が吹き荒れている 。
探求の結果この瞳は、最終的には何物をも映し出すことはなかった 。

残された遺物のテキストという客観的事実に基づけば、ビルゲンワースの学者たちは神秘との接触を通じてこの「瞳」を獲得し、その奥に「暗い夜空」と「絶え間ない隕石の嵐」を見たことが確定している 。また、彼らがこの瞳から最終的に「何も見出すことができなかった」ことも事実として記録されている 。

これらの記述から論理的に推論される事象として、彼らが直視した「宇宙の真理」の実態が浮かび上がる。彼らは上位者の瞳を通じて、神の愛や、人類を待ち受ける輝かしい進化のビジョン、あるいは秩序ある天界の設計図などを見つけることを期待していたはずである。しかし、彼らが実際に目撃したものは、無機質で圧倒的な物理法則の暴力(絶え間なく吹き荒れる隕石の嵐)と、果てしなく続く冷たい虚無(暗い夜空)だけであった。

「何も映し出さなかった」という表現は、上位者の生きる宇宙には、人間が勝手に期待するような「意味」や「目的」「道徳」といった概念が一切存在しないことの強烈な暗喩である。コズミック・ホラーにおける最大の恐怖は悪意ではなく、「完全なる無関心」である。ビルゲンワースの学徒たちは、この冷酷な宇宙の無意味さを直視してしまったが故に、人間の精神構造を維持できなくなり、狂気へと呑まれていったと考えられる。

2. 大いなる悲劇と生殖の呪い

コズミック・ホラーにおける神々は、往々にして人智を超えた全能の存在として描かれる。しかし、ヤーナムにおける上位者たちには、極めて生物学的かつ悲劇的な「欠落」が設定されている。この存在論的欠落こそが、彼らが三次元の人間界(あるいは下位次元)に干渉せざるを得ない唯一にして最大の動機となっている。

2.1 「すべての上位者は赤子を失う」という絶対法則

上位者の生態と因果律を解き明かす上で、最重要の鍵となるのが「3本目のへその緒(別名:瞳のひも)」と呼ばれる偉大なる遺物である 。この遺物に記されたテキストには、ヤーナムの悲劇の根源的な原因が明記されている。

「すべての上位者は赤子を失い、そして求めている故にこれは青ざめた月との邂逅をもたらしそれが狩人と、狩人の夢のはじまりとなったのだ」

この短い一文の中に、人間と上位者を結びつける凄惨な因果関係のすべてが内包されている。

歴史的記述という厳格な事実を紐解けば、上位者であっても、生まれてくる赤子ばかりがこの「へその緒(瞳のひも)」を所持していることが記されている 。そして、上位者は「例外なく(すべて)」自らの赤子を失い、それに代わる存在を永遠に求めている 。さらに、この遺物を使用することで使用者は「啓蒙」を得ると同時に「内に瞳を得る」と言い伝えられているが、実際にそれが何をもたらすのかは皆忘却してしまっている 。

これらの確定された悲劇的事実から導き出される論理的推察は、高次元存在が三次元の物理法則と交わる際における生殖の致命的な不全である。なぜ彼らは全能に等しい力を持ちながら、赤子を失うのか。それは、進化の極致に達した彼らが「個」として完全すぎるが故に、通常の生物学的な繁殖能力を喪失しているからだと考えられる。彼らの存在は多次元に及ぶため、三次元の物理的な肉体(母胎)を通じて赤子を産み落とそうとすれば、次元の歪みや精神的な重圧によって赤子は死産(stillbirth)となるか、あるいは物質界に適合できずに即座に消滅してしまうのであろう。

したがって彼らは、自らの血族を残すために、別次元の存在である人間の女性(トゥメルの女王ヤーナム、娼婦アリアンナ、偽医者ヨセフカなど)を「代理母」として利用し、あるいは人間の赤子を「代替品」として求めるという、寄生的かつ暴力的な生態を持つに至ったのである。

2.2 3本目のへその緒と交信の代償

この「赤子を求める」という上位者の渇望は、ヤーナムにおける重層的な現実(夢と悪夢の多層世界)を形成する直接的な原因となった。残された複数の「へその緒」は、それぞれ異なる狂気と悲劇を引き起こしている。

遺物の接触者対象となった上位者歴史的な交信の結果と代償
メンシス学派上位者メルゴー(Mergo)メルゴーとの邂逅(audience with Mergo)をもたらしたが、結果としてメンシス学派に「出来損ないの脳みそ(stillbirth of their brains)」を与えた 。
最初の狩人ゲールマン青ざめた月(月の魔物)青ざめた月との邂逅をもたらし、狩人を永遠に囚える「狩人の夢」のはじまりとなった 。

客観的な史実として、メンシス学派はへその緒を用いて上位者メルゴーとの交信を試みた 。メルゴーとは、かつてのトゥメルの女王ヤーナムが身籠りながらも死産となった上位者の赤子である。その結果、メンシスの学者たちは「出来損ないの脳みそ」という結末を迎えたことが明記されている 。 この出来事から推測されるのは、人間の脳に「瞳」を宿そうとする試みの物理的・精神的な破綻である。メンシスの学者たちは儀式を通じて高次元の意思を受信しようとしたが、彼らの脆弱な人間の脳は上位者の強大な情報量(声)に耐えきれず、物理的に腐るか、あるいは悪夢の世界において巨大で醜悪な「ミコラーシュの悪夢の底に落ちた巨大な脳みそ」へと融合・変異してしまったと考えられる。「stillbirth(死産)」という表現が使われているのは、彼らが上位者へと新生しようとした試みが胎児の段階で腐り落ちた、失敗に終わった進化であることを痛烈に皮肉っている。

2.3 月の魔物と狩人の夢の創世

また別の事実として、へその緒が「青ざめた月(月の魔物)」との邂逅をもたらし、それが「狩人の夢」の始まりとなったことが示されている 。 ここから考察されるのは、狩人の夢という安全地帯の成り立ちに関する冒涜的な真実である。最初の狩人ゲールマンが愛弟子(マリア)を失った悲しみから、あるいは医療教会の命を受けてこの遺物を用いた際、月の魔物という別の上位者が降臨した。月の魔物もまた、「すべての上位者は赤子を失い」の法則に従って、自らの赤子、あるいは愛でる対象(代理子)を求めていた。ゲールマンは月の魔物に魅入られ、あるいは取引を行い、赤子の代替品(あるいは夢を維持するための揺り籠の管理者)として永遠に夢の世界に囚われることとなった。狩人たちが獣を狩り、血の遺志を捧げ続けるシステムは、すべてこの上位者の渇望を満たすため、そして彼らの代理戦争を行うために構築された残酷な箱庭に過ぎない。人間の思惑(獣の病を癒したい、神秘を知りたい)は、常に上位者の生物学的な渇望に利用され、食い物にされてきたのが、ヤーナムの隠された歴史なのである。

3. 進化の夢と傲慢なる変態

上位者の不可解な生態と圧倒的な力を前にして、人類(特にビルゲンワースの学者たちと、そこから派生した医療教会)が取った行動は、未知なるものへの「畏れ」ではなく、徹底した「模倣と簒奪」であった。このヴィクトリア朝的、近代科学的な傲慢さこそが、ヤーナムの悲劇を最悪の結末へと導いた要因である。

3.1 カレル文字とビルゲンワースの冒涜的野望

人類は、高次元の存在である上位者の「声(音)」をそのまま理解することはできない。しかし、ビルゲンワースのルーン職人であったカレル(Caryll)は、その理解不能な音を視覚的な記号へと変換・翻訳するという、人類史上類を見ない偉業(あるいは大罪)を成し遂げた。これが「カレル文字(Caryll Runes)」である 。

カレル文字の中でも、人間の進化に対する病的な執着を最も顕著に示しているのが「右回りの変態(Clockwise Metamorphosis)」というルーンである。

カレル文字の属性歴史的記述に基づく客観的詳細
創造者と性質ビルゲンワースのルーン職人カレルが遺した秘密のシンボル(secret symbol)である 。
象徴する意味「変態(Metamorphosis)」のルーンの一つであり、描かれた「ねじれた十字(twisted cross)」は変態を意味する 。
物理的効果右回り(Clockwise)に回転したこのルーンは、肉体的なHPを上昇させる(boosts HP) 。
歴史的背景「血の発見は、彼らの進化の夢を現実のものとした(The discovery of blood made their dream of evolution a reality)」と記されている 。

遺物のテキストという事実を確認すると、このカレル文字には「ねじれた十字」が描かれており、それが「変態」を意味していること、そして「血の発見が彼ら(人類)の進化の夢を現実にした」と明記されている 。また、ゲーム内の物理的効果として、このルーンを記憶(刻印)することで、人間の生命力(HP)が増強されることも事実である 。

これらの事実から導き出される考察は、医療教会とビルゲンワースが目指した「進化」の正体とその異常性である。彼らが語る「進化(evolution)」とは、ダーウィン的な自然淘汰に基づく環境への緩やかな適応ではない。それは古い血を体内に取り込むことで、上位者という高次元の存在へ至るための「強制的なメタモルフォーゼ(変態)」を意味している。「ねじれた十字(twisted cross)」というシンボルは極めて象徴的である。十字架という本来神聖であるべき信仰の対象がねじ曲げられている意匠は、自然界の理(生命の樹やDNAの螺旋構造のメタファー)を人工的に歪め、強引に改変しようとする人間の倫理的逸脱と優生思想の狂気を表している。

血の医療によって肉体を強化し、生命力を引き上げる(HPの上昇)ことで獣や上位者に近づこうとする行為は、宇宙のスケールから見れば根本的な誤りであった。カレル文字のテキストは「血の発見によって彼らは夢を叶えた」と過去形で記しているが、これは彼らがそう錯覚していたに過ぎないことを示す歴史的な皮肉である。現実として引き起こされたのは、人間の精神が肉体の急激な変化(獣化)に耐えられず破綻していく様であった。人間が上位者へと変態しようとする試みは、神への接近ではなく、細胞が癌化して無秩序に増殖するような、醜悪で悲惨な肉塊への退行に他ならなかったのである。

4. 血と母性のメタファー、そして姿なきオドン

上位者の中でも、極めて特異かつ恐るべき存在として語られるのが「姿なきオドン(Formless Oedon)」である。多くのコズミック・ホラーにおける神格が、名状しがたい巨大な触手や多眼の異形の肉体を持つとして描かれる一方で、オドンは物理的な実体を一切持たない。

4.1 不可視の神格と「声」の伝播

オドンに関するゲーム内の断片的な情報と環境構造からは、上位者の生殖と「血」に関するさらなる絶望の真実が浮き彫りになる。

ゲーム内の事実として、ヤーナムの街の中心には「オドン教会」と呼ばれる施設が存在し、そこに住まう「オドン教会の住人(Oedon Chapel Dweller)」をはじめとして、オドンを祀る信仰の痕跡が確認できる 。また、各種の伝承によればオドンには姿がなく、ただ「声」だけが存在する高位の存在であることが示されている。

これらの状況証拠から論理的に推察されるオドンの本質は、彼が物理的な肉体を捨て去る(あるいは最初から持たない)ことで、他の上位者よりもさらに高次元へと到達した最上位の存在であるということだ。しかし、姿がなく物理的な干渉力を持たないが故に、彼は現世(三次元)に干渉し、自らの赤子を宿すための「媒質」を必要とした。その媒質こそが「血」である。

4.2 代理母としての人間と血の媒介

ヤーナムにおける「血の医療」は、表向きはあらゆる傷や難病を癒す奇跡の業として人々に信奉されている。しかし、その実態は、オドンという不可視の神の「精液」、あるいは「霊的な干渉を可能にするための触媒」を体内に取り込む行為に他ならないと考察される。

オドンは、特殊な血統を持つ人間の女性の胎内に、不可視の干渉を行い、自らの赤子を孕ませようとする。ゲーム内で発生する、娼婦アリアンナの異常な妊娠と異形の赤子の出産、あるいは偽医者ヨセフカの身に起きる変異は、このオドンの干渉によるものである。ヴィクトリア朝文学において頻出する優生思想や、血の純潔、女性の身体的自己決定権の剥奪といった恐怖のメタファーが、ここでは「見えない宇宙の神による暴力的な受胎告知」として極めてグロテスクに描かれている。

血に酔う、血を渇望するという状態は、単に人間が獣性を暴走させているだけではない。それは姿なきオドンの声(狂気)に共鳴しやすくなる状態へと、人間が自らをチューニングしてしまっていることを意味する。オドン教会の周辺や、血に関連する要素で得られるカレル文字(「姿なきオドン」や「オドンの蠢き」など)が、内臓攻撃(血の回復)や水銀弾(血を触媒とした魔法的弾丸)の上限を増やす効果を持つのは、オドンが「血」そのものに内在する意思であり、血の飛沫と暴力を通じて自らの影響力を拡大していることを強く示唆している。

5. 多様なる上位者たちの環境推論

ヤーナムの市街、その深層に広がるトゥメルの聖杯ダンジョン、そして悪夢の領域には、他にも幾柱かの上位者が確認されている。彼らの存在と配置された環境は、上位者が単一の種族や意思を持った集団ではなく、それぞれが多様な出自と進化の歴史を持ち、互いに無関係に(あるいは時に敵対しながら)漂っていることを示している。

5.1 アメンドーズ:次元の壁に張り付く群れ

ヤーナムの聖堂街を徘徊し、大聖堂の壁や建物の死角に張り付いている巨大な多腕の異形が「アメンドーズ(Amygdala)」である。彼らは通常の人間には視認できないが、啓蒙(Insight)が一定値に達するか、あるいは特定の儀式が完了して「赤い月」が昇ることで、突如としてその巨大で恐ろしい姿が現実世界に顕現する。

アメンドーズの特異な点は、上位者でありながら彼らが単一の絶対的な個体ではなく、「群れ」として複数存在している事実である。悪夢の辺境と呼ばれる領域にはアメンドーズに酷似した個体が多数這い回っており、彼らは高次元の世界(悪夢)と現実世界を繋ぐ「門番」あるいは「観察者」のような役割を果たしていると推測される。

人間が啓蒙を得て宇宙の真理に近づき、自らが進化したと錯覚したその瞬間、ふと頭上を見上げれば、そこにはすでに彼らが無数に張り付き、無関心な多眼で人間を見下ろしていた。この環境ストーリーテリングこそが、人間の矮小性と絶望を際立たせる究極のコズミック・ホラー表現である。人間がどれほど知を極めようとも、上位者から見れば足元を這い回る虫に過ぎず、彼らはただ壁に張り付いてそれを眺めているだけなのだ。

5.2 ゴースとその遺子:神の死体と解剖の原罪

DLC領域に広がる「狩人の悪夢」、その最奥にある漁村に漂着した上位者「ゴース(Kos)」は、上位者もまた「死」という物理的限界から完全に逃れられるわけではないことを証明する存在である。海岸に打ち上げられたゴースの巨大な死骸からはおぞましい寄生虫が湧き、その死体から漏れ出す上位者の体液(あるいは恩寵)は、漁村の住民を半魚人のような異形へと変異させた。

ここで特筆すべき事実は、死んだゴースの胎内から産み落とされた「ゴースの遺子(Orphan of Kos)」の存在である。これもまた「すべての上位者は赤子を失い」という普遍的な法則に合致する現象である。母親であるゴースは未知の理由(あるいは人間の干渉)によって死に、残された赤子(遺子)は悪夢の中で永遠に海に向かって慟哭し続けている。 状況証拠から推測される悲劇の全貌は、かつてビルゲンワースの学者たちと初期の狩人(ゲールマンやマリアら)がこの漁村を襲撃し、漂着したゴースの死体(あるいは瀕死のゴース)を解剖し、その秘密である「瞳」や「へその緒」を強引に奪い取ったという原罪である。「大いなる神の死体を切り刻み、胎児を引きずり出す」という極めて暴力的で冒涜的な行為こそが、上位者の怨念を呼び起こし、ビルゲンワースと狩人たちを血に酔わせて永遠の地獄(狩人の悪夢)へと引きずり込む呪いの源泉となったのである。

5.3 星の娘エーブリエタース:見捨てられた嘆き

地下に広がる医療教会の上層部、「聖歌隊」の領域の最深部に幽閉(あるいは保護)されている「星の娘エーブリエタース(Ebrietas, Daughter of the Cosmos)」は、他の上位者とは異なる悲哀を漂わせている。彼女はかつてトゥメル人が築いた地下遺跡の奥深くに取り残された、「見捨てられた上位者」である。彼女は自ら進んで人類(医療教会の聖歌隊)に協力し、自らの貴重な血を提供していた形跡が環境から読み取れる。

しかし、彼女が嘆きの祭壇で、まるで泣いているかのような姿勢でうずくまっている事実からは、一つの哀切な推論が導き出される。彼女自身もまた、上位者としての完全性を何らかの理由で喪失しており、故郷である宇宙の暗闇へ帰還することができず、地下の冷たい石造りの部屋で孤独に苛まれているのではないかという推測である。人類(医療教会)は彼女を神と崇め、その血を啜って進化を夢見たが、その実、彼らが縋り付いていた神もまた、広大な宇宙の深淵を前にしては迷子に過ぎなかったのである。

結論:宇宙的恐怖の前における人類の存在論的敗北

『ブラッドボーン』における「上位者」の存在と、それにまつわる血と狂気の歴史は、単なる怪物との闘争を描いたダークファンタジーではない。それは、「人類の知性と認識の限界」を突きつけ、人間中心主義という傲慢を粉砕する、徹底した存在論的・哲学的なテーゼである。

第一に、認識の限界と狂気の問題である。人類は進化を求めて「内なる瞳」を開き、高次元の領域に到達しようと試みた。しかし、その結果として得られたものは、「夜空の瞳」のテキストが証明するような、無慈悲で果てしない隕石の嵐(冷酷で無意味な宇宙の真理)だけであった 。真理を知ることは精神の崩壊と同義であり、暗愚なる無知こそが人類にとっての最大の防御であったという、H.P.ラヴクラフト的な宿命がここに完結している。

第二に、上位者の生物学的な欠落と、それが人間に及ぼした因果律の暴力である。「すべての上位者は赤子を失い、そして求めている」というたった一つの絶対法則が、ヤーナムのすべてを狂わせた 。この法則がメルゴーの死産を生み、月の魔物を降臨させ、永遠の狩人の夢という牢獄を構築した 。上位者は全知全能の神ではなく、繁殖という生命の根源的な目的において決定的な欠陥を抱えた、ある意味で哀れな存在でもある。人間は、ただその上位者たちの途方もない渇望を満たすための代理母、あるいは実験動物として消費されたに過ぎない。

第三に、進化という名の下に行われた人間の傲慢さへの罰である。カレル文字「右回りの変態」が如実に示す通り、血を用いた強制的な進化は、人間を神に近づけるどころか、異形の獣や出来損ないの肉塊へと退行させた 。ヴィクトリア朝的な医学の野心と優生思想は、宇宙的なスケールの前では全くの無力であり、自らの首を絞める結果にしかならなかった。

上位者とは、人間を罰する神でもなければ、救済を与えてくれる天使でもない。ただそこに存在し、自らの渇望に従って宇宙の暗海を漂う、理解不能な「概念」の具現化である。ヤーナムの夜、血濡れた路地裏や大聖堂の虚空に響き渡る赤子の鳴き声は、宇宙の底知れぬ深淵から発せられる絶望の産声であり、我々人類がいかに矮小で、いかに無力で、いかに無意味な存在であるかを、永遠の夜を通して告げ続けているのである。この絶対的な宇宙の無関心こそが、本作が到達した至高のコズミック・ホラーの真髄と言えよう。

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